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午前2時50分に目覚ましは悲鳴を上げた。寝惚け眼で止めると、ふらつきながらも出掛ける支度をする。部屋着からTシャツに着替え、大切な紙袋を手に取った。
「ねむ」
こっそり家を抜け出す。二十回も経験を積むと、もう慣れたものだ。
大きく深呼吸をする。澄んだ空気が肺いっぱいに満たされる。酸素に砂糖でも塗しているかのように空気が甘く美味しい。まるで、食べ放題の砂糖菓子だ。
公園までの道程は、徒歩十分。周辺には、コンビニと総合病院がある。逆に考えると、それしかない。電車で移動しないと目立ったものは何もなく、閑静な住宅街が連なっている地域だ。
いつもの公園、いつものベンチに座る。3時丁度。――美那は現れない。
「遅れてるだけかもしれないし」
風が吹き、ざわざわと声を上げる木々。不気味な鳴き声で空を駆け回る鳥。普通の出来事が深夜3時というだけで非日常を演出する。不審者が出てきてもおかしくはない。
いつもは美那と居るため、不安など感じないが一人だととても心細い。
「来ないかな」
時間は刻一刻と過ぎていく。気付けば、3時半。美那を待ち始めてから、30分が過ぎようとしていた。
――今日は来ないな。諦めよう。
「仕方ない、帰ろう」と呟き、握り締めていた紙袋の存在を思い出す。箱の中では、アップルパイが眠っている。
「いや、また明日来れば……」
賞味期限は、今日までだ。アップルパイを美味しく召し上がることが出来るのは、今日までなんだ。
「食いたいなら、来いよ……」
買ってきた意味がない。せめて、日にちが持つものなら良かったのだが。自称スイーツ評論家の彼女に期限切れのアップルパイを食べさせるわけにはいかない。何を言われるか分かったものではない。
必然的にこれを食べる相手は限られてくる。家族――は、詮索されると言い訳が面倒だ。自分で消費するのが一番手っ取り早いだろう。
紙袋から取り出し、開封。砂糖でコーティングされた艶々と光るアップルパイ。ずっしりと重量を感じる。さくり、頬張った。
――パイの生地がサクサクで、カスタードの甘さが林檎の酸味と調和してて、重たそうなのに軽い。幾つでも食べれそう。きっと、彼女ならそう言う。
「うん、美味しい」
甘いのが苦手な僕でも難なく食べ切れた。美那が来ないのに、此処に居座る理由はない。帰路に着いた。
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