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三日、五日、一週間が経っても、美那は公園に現れない。彼女がいない景色が日常になりつつあった。
「3時20分か」
初めて美那に会った日を思い出す。僕が中々寝付けなくて、業を煮やして家の周りを散歩し始めた日。幼い頃、よく遊んだ公園が目に入り、そこでショートケーキとチョコレートケーキを両手で鷲掴みにして、口いっぱいに詰め込む、少女と出会った。
「あれは、衝撃だったなあ」
深夜3時に公園でケーキを貪り食う少女。幽霊かと思った。
「あの姿は可愛……面白かったな」
目撃した僕も恐怖で驚いたが、まさか人が来る筈が無いと分でいた美那も吃驚して、ケーキを喉に詰まらせていた。
「あのあと、自販機で水を買ってあげたんだっけ」
親切心で水を購入した僕に「お金を出して水を買う人を好きにはなれない。どうせなら、オレンジジュースを買ってよ」と言われた時は、僕こそ君の事を好きにはなれないと思った。
「それでも――」
それでも、彼女の事が頭から離れない僕は、待ち合わせをしているわけでもないのに、毎日深夜3時に公園に通うことになるのだった。自分でも、馬鹿だと思う。
「さあ、帰るか」
そろそろ、空が目を覚ます。ずっと眠りについていて欲しい。僕の睡眠事情的にも。彼女との歓談時間延長の為にもだ。
「今日も体育以外は昼寝だなあ」
大きな欠伸を零した。目がしぱしぱする。多大な睡眠不足だ。一刻も早く、帰宅し、夢の世界へ飛び込む必要がある。実際、そうしようと思っていた。――公園に駆け込む、彼女の姿を視認するまでは。
「間に合ったあ!」
息を切らし、汗が滝のように頬を伝う。走ってきたのだろう。膝が震えている。今にも倒れそうだ。
「ちょっと!大丈夫?早く座って」
「大丈夫大丈夫。ちょっと疲れただけ」
僕の持つ紙袋に視線を向ける。美那の目が爛々と輝いた。
「そ、それは……」
「あっ、と、これは」
「駅前のアップルパイ!だよね?」
「……そうだよ」
美那が来る今日まで、毎日アップルパイを買い続けた僕の執念に辟易する。どうしても美那に食べさせてあげたかっただけなんだけど。毎日買いに行くため、店員には顔を覚えられるし、スタンプカードはもうすぐ満タンになるし、僕は深夜3時に渡すことのできず余ったアップルパイを食べ続けなくてはいけないわけだし。お陰様で少し肥えた気がする。
「ああ、美味しそう。夢にまで見たアップルパイ」
両掌に紙袋を乗せ、献上された供物を崇める女王様。語尾にハートがついている。
「ありがとう、本当に嬉しい」
「どういたしまして」
美那の笑顔に僕の頬も緩む。頑張って良かった。
「ごめんね。今食べたいんだけど、走って疲れてて」
「いや、いいよ。好きな時に食べて」
美那の息は浅く、汗も止まることなく流れ続けている。美那の美味しそうに食べる表情が見れないのは残念だが、仕方ない。今日ここに来てくれただけでも感謝感激だ。
「ごめんね、今日はこのまま帰るよ」
「そうだね、空も明けるし」
入口で美那を見送る。
「ありがとう、今日来てくれて」
「いや、私が君に会いたかっただけだから」
「え?」
美那の言葉に僕は困惑する。それはどういう意図で発したのか。もしかして?
「君に会って元気を貰いたかったんだよね」
「あ、そうなんだ」
僕が君に元気を与えられるくらいには、美那の中で僕の存在は大きくなっているのかな。
「じゃあね」
「あ、うん」
聞きたくて、この関係性が壊れるのが怖くて真実を問えない僕は、酷く臆病で意気地なしだ。
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