24時間のタイムマシン

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24時間のタイムマシン

24歳の遠野令は、カシュガル大学の物理学教室の院生だったが、自分の人生は、何かによって決められているのでは?あるいは何かによって見張られているのでは?と思うことがよくあった。 令は写真的記憶能力を持つ一人であったが、決してそのせいだけではない。 小さな頃、まるで見知らぬ人が令を見てはっとしたような顔をすることがあった。 それに初めての出会った人がまるで何かを確認するように名前を読み上げることなどがあった。 令は、小さな頃、クロマメというハツカネズミを飼っていたが、クロマメがどこかに行ってしまったことがあった。 施設の人も探してくれたが、結局クロマメはその日には見つからなかったが、次の日の朝になると、メッセージが届いていた。 犬は地下街のスズキさんのところにいる。 早速地下街のスズキさんのところにいるとクロマメがいてタネを食べていた。 男性が令のものだと届けに来たらしい。 犬や猫ならばともかくハツカネズミを届ける人は大変珍しい。 どんな人だったかと尋ねると。 「なんだか不気味な人だったねぇ、まつげもなくてさ」 ということだった。 24歳までの令の人生は順風満帆だったと言っていい。希望の大学に進み、希望の研究をし、何も抵抗を感じたことはなかった。 最近は結婚をする人の方がが珍しい、人口は計画的に増やされ、統制されている。計画的に生まれた子供で施設で育てられている(施設には他にも山ほどそんな子供がいるので、特に寂しくはない。昔はそういう子供は珍しかったんだそうだけど) しかし、令が誰かに監視されていると思う細かい事実を述べていくと、最後には心配そうな顔をされ、カウンセラーの利用法は知っているかなどと聞かれる。 バカなことだ。もし本当に監視されているのならカウンセラーなど手が回っているに違いないではないか。 それに、別に監視されているからといってどうと言うことはない。監視されているかもという気分に時間を使うのならば、勉強に使った方がいい。令は勉強が好きだった。将来は物理学者になる予定だった。そのことに誰も反対はしなかった。 一人だけ「わかるよ」と言われて違和感を覚えない人物がいた。 藤本ユーキである。 ユーキとの出会いも何か運命的ではあった。 ある日道を歩いていたら、色鮮やかな鳥が飛んできて令の上で鳴いた。 「ユーキ、マタアエル」 うろたえていると、同い年ぐらいの少年が走ってきた。 「ごめん、その鸚鵡、親の形見なんだ」 鸚鵡と親の形見という通常関連性のない言葉がくっついて令は戸惑ったが、令は写真的記憶の持ち主なので、一度読んだことを覚えている。 鸚鵡の寿命は長い、100年以上生きた記録もある。 親から子供に鸚鵡が伝えられる話は信憑性が高いと判断できる。 「マタアエル、マタアエル」 鸚鵡はさえずりながら少年の手にとまった。 「随分変わった言葉を覚えてるんだね」 「うん、でも死んだ両親も特にこの言葉を教えた記憶はないらしい」 「君は何て言う名前?」 「藤本ユーキ」 「僕は遠野令」 令とユーキは仲良くなった。 ユーキの家は海のそばにあり、令とユーキはその海で時々泳いだ。 水着のユーキの腹には大きな傷があった。 「僕の肝臓は一度取り替えたんだ。僕が10歳の時に、生体再生手術をして作り直した新しい肝臓を中に入れた。僕の肝臓のコピーだって言うけど、やっぱり何か別のもののような気がして、その時から誰かが僕をずっと見ている気がする」 令は、ユーキの腹部の腹部の手術痕を撫でた。 するとユーキが、令の頭を持って、訪ねて来た。 「耳をつけて聞いてみていい?」 令が聞くと、ユーキはいいよと頷く。美しい傷跡に耳をつけると、海の波のうねりと、腹部の血潮の音が混ざりあう。 ユーキの手が、令の長い前髪をそっと撫でていた。 令は、カシュガル大学で物理学を学ぶために、それまで住んでいたところを離れた。 初めての場所に遠く離れれば、令の何かに見守られている感覚はなくなるかと思ったが、そうではなかった。教授も事務局の人間もなぜか令の顔をまじまじと注視する。 入学してしばらくすると、鸚鵡が空を飛んできて、その下で、ユーキが微笑んでいた。令はユーキがとても美しいことにその時気がついた。 「なんでここに?」 ユーキははにかみながら言った。 「令に会いたくて」 鸚鵡がユーキの肩に止まる。鳴いた。 「マタアエル、ユーキ」 ユーキは身一つで令を追いかけてきたので、令の部屋に同居することになった。場所を開ける必要があった。令は一度覚えたことは忘れない、令が既に覚えたので、不要になった書類のダンボールを持って、令は、同僚のジョアンの部屋を訪ねた。 チャイムを押しても返事がなかったが、令はそんなことは承知していた。勝手に部屋に入ると、ジョアンは、もしゃもしゃした額にメガネをひっかけて、その下にメガネをつけ、白衣を着て、はんだごてとピンセットを持ち、何かの機械を作っていた。いつものジョアンのスタイルである。 わざとかと言われるほど昔の映画に出て来るマッドサイエンティストを踏襲している。令はダンボールを置ける隙間を作ろうと部屋を見回した。 ジョアンは混沌から新たなものを生み出す天才だが、令のような写真的記憶の持ち主ではないので、紙とペンと本を令よりも愛している。 令は、ホワイトボードに目を留めた。タイムマシンの可能性、永久機関、FT薬……… それらの下に年数が描いてある。 ジョアンが顔を上げる。 「同居人ができたので、部屋が狭くなった。あの三つのダンボールを引き取って欲しい」 言うとジョアンは頷き、ホワイトボードに目を止めると怒涛の如く喋り出した。 「それどう思う?今朝ひらめいたことをメモしたんだ。永久機関の開発が30年前、さらにいくつかの重要な発明が、その付近に集中していて、しかもそれらの間に技術的関連はない。そのことからある仮説が導き出された」 「仮説って何?」 「タイムマシンが存在するのではと言う仮説」 「随分飛躍しているな」 「つまりこう言うことだ。永久機関はタイムマシンによってもたらされた。そして、いくつかの画期的な発明もタイムマシンによってもたらされた。だから技術的関連のない発明が同時期に起こっているように見える」 「でもそしたら、なんでタイムマシンがあることを発表しない?」 ジョアンは、メガネを指先で内側から指で磨きながらせわしなく指を振る。 「永久機関の構造には決定的に欠陥があるのかもしれない、世界が滅びるような。だから世界に4個しかないんだ」 「でも4個で十分だよ、それだけでエネルギー問題を終わらせた」 「そう、それなんだが」 ジョアンが4つのレンズを光らせながらぐぐっと顔を近づけてくる。興味深い話題かもしれないが、さしあたって令には用があった。 「そうだね、その話は今度するとして、このダンボールの件なんだけど」 そんなわけで、令がダンボールを首尾よくジョアンに押し付けて戻ると、ユーキは 令のクローゼットを見て面白そうな顔をしていた。 「いつも同じ服だと思ってたけどたくさんあるんだ。メーカーまできっちり一緒なんだね。迷わなくて便利かもしれないけどどの服を洗ったのかわからなくならない?」 「どの服を着たかは忘れない。この服の肌触りが好きなんだ」 「そうだった。令は忘れないんだ。30?」 令が読み上げたのはメーカーのタグだった。 令は言う。 「このメーカーは創業してからの年数を入れるんだ」 令はいい、ふとジョアンの言っていたことを思い出した。 確かに30年前には色々なものができたのだ。 「ジョアンに教えてやらないと」 令は思った。 そんな風にして、令の生活には鸚鵡と藤本ユーキが加わった。ユーキが令の部屋に住む手続きには令によってなんの障害も起きなかった。 例外はジョアンである。 「そもそも人と人が経済的な理由と子供を育てるため以外で一緒に暮らすことなど無意味だ。だいたい、人が人を殺したり合理的でない行動を取る時は、距離が近すぎる関係にある」 などと言っていたが近くのレストランで働き始めたユーキがデリバリーするサンドイッチは気に入ったようだった。 そんなわけで、令の24年のストレスのない人生の中で、ユーキと一緒に暮らした数年間は最高に幸せなものだったと言えるだろう。 そして運命の日がやってきた。 大学にいる令のもとへユーキから病院にいると言うメールが来た。ユーキは昨日から具合が悪そうだったのだ。内臓を移植しているので頻繁に病院に行っていた。 病院に行く途中に聖書売りに会い、無理やり聖書を渡された。 聖書には何故か、紙がはさんであって、以下のような文句が書いてあった。 「病院に行くと、受付の看護師はワイン色のメッシュを入れている。受付近くで、うさぎ耳の帽子をかぶってワンと鳴く子供が犬の絵のついた服を着た大人に抱かれている。病室は405、隣の部屋の人がハシビロコウの形の饅頭をくれる。当たっていたら午後5時に病院前のウロボロス広場で」 令は紙を捨てて病院に言ったが、写真的記憶持ちなので、文面は忘れなかった。その通りのことが起こった。 ウロボロス広場に行った令の前に、全く同じ顔をした令が現れた時、令はそれほど驚かなかった。 「自分は、タイムマシンを使って二日後から来た君だ」 令はうなずいた。 「タイムマシン、本当にあったのか?僕がずっと僕を見ていた?」 「一部はそうだが、僕以外にも何人かいる」 何人?超自然的ではなく人なのか? そう思っていると、二日後の令は言った。 「超自然的な存在ではない、人だ」 「君が二日後からタイムマシンで送られてきたということは、今はタイムマシンは存在しないのか?」 「いいや、ずっとタイムマシンは存在している、見るか?」 「もちろん。どこにあるんだ?」 「君の勤める大学に」 そう言われて案内された場所は。確かに令の大学だった。 物置だと思っていた建物の地下にそれはあったが、人が一人入る大きな筒のようなもので、ぱっと見はタイムマシンとわからないであろう。 周りに何人かの研究者がいた。50近いものが多い。 異様だった。 彼らはほぼ神を見るような目で見た。二日後の令だけではなく令のことも。 令はタイムマシンを見た。外側にはサビが発生していて、経年劣化を感じさせる。 「古いね」 「30年前に作られてそのままだから」 二日後の令が言った。 「………なんで存在を発表しないんですか?」 「非常にポンコツだからだ」 「ポンコツ?」 「この中に入って、1回につき1日遡る。それしか出来ない。過去に遅れるのは人が一人だけ、服すら持っていくことは不可能だ。午前か午後の3時に稼働する。数は全部で四つ、地球の対角線に配置されている、それだけしか作ることができない」 タイムマシンのそばには、服が置かれていた。そこにあるのは令の服だった。同じメーカーの同じ服が何着かある、下着も令の使っているものだ。そのことから類推されるものがあった。 「ジョアンはこのことを知っていたんですか?あなた型の仲間だった」 令は自分と二日後の令を神の如く崇めている人々を見回し、聞いた。 しかし、返事をしたのは二日後の令だった。 「いいや、ジョアンは知らなかった」 「そうか、じゃぁジョアンは天才だ」 二日後の令が言った。 「君は何年か前のジョアンの発言を覚えている。そのことこそが僕たちの強み。これから何をするか、もう予測がついているだろう」 令はうなずいた。 令の予感は正しかった。自分のなすことはすでに決まっていたのだ。 令の顔を注視していた人々は単なる確認をしていたのだ。 「僕はこれからタイムマシンの作りかたを過去に戻って教える」 「ああ」 二日後の令の肩を掴む。 タイムマシンでは人間一人の体しか運べない。 タイムマシンで遡れるのは1日だけ。 タイムマシンは今までもこれからも毎日フル稼働している。 「具体的に言おう」 二日後の令が言った。 「これからタイムマシンの設計図が現れる。僕が過去に伝えたものだ。君はそれを記憶に叩き込む。今は8時くらいだから、7時間後には僕は昨日に出発し、そして僕と入れ替わりに、木戸博士が遡って来る。そして、君と木戸博士は12時間でこのタイムマシンを作り直す」 「木戸博士はどれくらい遡ってきたんですか?」 二日後の令はじっと令を見たあとに言った。 「…15年だ」 「では僕も15年くらい?」 「ああ、同じくらいだ。記録によると君の次の人間がゴールだ。15年前に彼が待ってる。彼は、君から作り方を聞いたあと、記された日まで遡る。その日にはゼロからタイムマシンを24時間で作れる資材と人員が揃っている」 令は言った。 「他のやり方はないんですか?タトゥーで体に記すとか」 「自分は木戸博士に会った。木戸博士には髪もまつげもなく歯もすり減っていた。身体が何度も再構成されるんだ。本人のものでないものは無くなってしまう。タトゥーなど残るはずがない」 「それなら、伝言ゲームで毎日違う人に伝えるとか」 「1日で完全に伝えられる記憶ならばそれでいい。実際4つあるうちの二つではその方式が取られている。未来から特に重要な知識が、過去に伝えられている。だが永久機関とタイムマシンは詳細な設計図ごと伝える必要がある。12時間じゃ足りないんだ。君のような写真的記憶を持つものが、一人で戻る方が確実だ。そして、重要なことは、他の二つで伝えられている中に生体再生技術が含まれていることだ」 令は、飛び出すように大学を出ると、ユーキの病院に急いだ。 ユーキは笑顔で、令を迎えたが、顔色は冴えなかった。 「どうやら、また生体再生で肝臓を入れ替えなくちゃならないらしい。僕の遺伝子では、どうしても使っているうちに、肝臓に欠陥が出てきてしまうみたいなんだ」 「生体再生しないとどうなるんだ?」 「ドナーが現れないと死ぬ、でも定期的に入れ替えなくちゃならないとしても僕自身の細胞で再生したものの方が人のものよりいいらしい」 令はユーキの鸚鵡を持つと、ジョアンの部屋に向かった。とにかくユーキが回復しないうちは鸚鵡を誰かに預けなければならない。 「全部聞いた」 ジョアンの顔には怒りが浮かんでいた。 「やっぱり君は天才だったよジョアン。タイムマシンは何もかも君の推測した通りだった」 笑う令にジョアンは、机の上の書類を叩いた。 そこには髪の毛もまつげもない100歳ぐらいに見える男の写真がついていた。 「30年前に永久機関を伝えたグリム博士だ。これで50歳くらいの年齢らしい。一人で30年遡って永久機関を作り、すぐに亡くなった。15年も遡ったら君もこうなる」 「ひどいな、けど一つ興味深いことを知った」 令は言った。 「なんだ?」 「君も人間の見た目を一応気にするということだ」 ジョアンは、ため息をついて、令を見た。 「覚悟を固めたのか?15年遡るのか、身体的負担はそれ以上だぞ?」 「じゃないとユーキの病気は治らない。生体再生移植の技術はそもそもタイムマシンで伝わったらしい」 ジョアンは歯をぎしぎしさせる。 「これだから人間の本能はクソだ。愛ってなんだ?非合理的すぎる」 「でもジョアン、君はタイムマシンの構造には興味があるだろう。これから思い切り研究できる。君の探究心は満たされる。君が僕のことに対して苛立っていることだって非合理的だよ」 ジョアンは、いらいらと頭をかきむしる。 「5年くらいで戻ってきたらどうだ?それくらい戻れば一人ぐらいは、12時間で設計図を覚えるやつがいるかもしれないぞ。あるいは5年くらい前に遡って俺に伝える。時間をかければ俺にも作れるかもしれない。それくらい期間があれば、生体再生技術も伝わるだろう」 令は頭を振った。 「違うよジョアン、そういう問題じゃないんだ。だって、もう僕が生まれてからずっとタイムマシンはこの世にあって稼働し続けていたんだから、設計図は既にあるんだよ。だから、大切なのは、この世界は既に、僕が何年も遡ってタイムマシンを過去に伝えた世界だと言うことだ」 ジョアンは、令を見ると、しばらく沈思黙考し、髪の毛をかきむしっているのか頭に乗せたメガネを揺らしているのかよくわからない動作をした。 「過去を変えると、多次元空間ができる可能性があるのか?それとも今の空間は今のまま取り残される」 「違う世界線ができるだけならまだいい、単に僕らに新しい記憶ができるだけかもしれない。だけど、あれだけ使用法に制限があるポンコツマシンだ。そして今世界にある四つは全部毎日フル稼働してるんだ。違うことをやってみたが、やっぱりよくなかったのでもう一回戻って元どおりなんてことはできない。僕らは既に起こったとされていることを忠実になぞって世界を変えないようにしてるだけなんだ。4つのうち、タイムマシンを伝える役割をしてる僕らのは恐らく一番重要だ。違うことをするには時空を動かす覚悟がいる。」 ジョアンは最大限の勢いで頭をかきむしった。乗っているメガネが上下する。 「そんなことのために、15年も遡るのか?非合理の極みだ。まるで宗教だ」 「でもそうしないと、生体再生技術は伝わらないかもしれないし、世界そのものが終わるかもしれない。僕はユーキを間違いなく守りたい。タイムマシンを伝える作業は絶対に成功する。何しろもう成されたことなんだから。それに」 「なんだ?」 「僕は物理学者だ。15年前に遡ることに純粋な興味がないわけではない」 ジョアンは、頭をかきむしる手を止めて腕を組んだ。 「確かに、俺が記憶を携えて戻れるならそうしていただろう。俺には守るものもないし、見た目の劣化もあまり気にしない」 「ジョアンは天才だけど、記憶力はあんまりだからね」 突然、鸚鵡が大きな声で鳴いた。 「マタアエル、ユーキ」 令とジョアンをはねをバタバタさせて、マタアエル、マタアエルと繰り返す鸚鵡を見た。 ジョアンが言った。 「この鸚鵡の声は君の声に似ている。君が30年ばかり年をとったような声」 「そうなんだ、あまり感じたことがなかったけど」 「自分の声は本人には違って聞こえるからな、鸚鵡の寿命はどのくらいだ?」 令は言った。 「鸚鵡は100年生きる。実際、この鸚鵡は、ユーキの親の形見だ」 ジョアンは、令を見て、指差したあと、その指を顎につけて回した。 「………人間も100年ぐらいなら生きる」 ジョアンは、うろうろと歩き始める。 「グリム博士は30年遡った。彼はもともと元の時代に戻ってくる気なんてなかった。でも、生体再生技術を使えば、身体の衰えは取り戻せる。そして、15年遡った君は鸚鵡にまた会えると伝えた。遡ったあと生きて今に戻ってくれば、今の君の細胞で生体再生が可能だ」 マタアエル、また会える。 タイムマシンの設計図は既に広げられていた。紙は基盤でいる、既に成されて令の功績。一部、二日後の令により、注釈が付け加えられている。 「君が知るのは、タイムマシンの設計図と作り方だけだ」 二日後の令はそう言った。当たり前だが、今日令が考えたことは既に知っているのだ。 周りには令と二日後の令を神のような目で見る研究者たちがいる。 彼らもわかっていた。 「あなたの生体再生用の細胞は、明日摂取されます」 「つまり最悪戻れなくても、君の形をしたものは再生できるわけだな」 ジョアンが頷いた。 「でも最悪それでも、ユーキを一人にはしなくてすむ」 二日後の令が言う。 「タイムマシンに関係すること以外は、残念ながら記録がないので、15年遡った後の遠野博士の行方はわからないのですが……」 研究者の一人が、遠慮がちに言った。 「多分それはわざと残さなかったんだ。その方がいい」 記録がなければ、未来も過去も無限なのだから。 既に成されたことを成した後、先の見えない過去に届く。それが令にとっての希望。 午前3時が近づいてきていた。
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