触れた願い

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「……え、なんで」  戸惑う僕に彼女は笑った。 「この前言ったでしょ。片思いを忘れるには、ってやつ。だから私は告白するほうを選んだの」 「いや、そうじゃなくてさ。なんで僕を?」  今まで全然そんな感じなかったのに。  僕が訊くと「そうだなあ」と彼女は小さな水溜りを跨ぐ。 「雨は止むように、人は変わる。やっぱり私はそう思うよ。だから今の君だって、いつかは止むと思うの」  左手の小指で頬にかかる髪を避ける。  彼女は真っ直ぐに僕を見つめた。 「でも私は、あの日傘を開いてくれた君を一生忘れないと思う」    彼女の黒い瞳に僕が映る。 「それだけだよ」  そう言って隣を歩く彼女の気持ちは。  その気持ちは、ため息が漏れるほどにあの日の僕と似ていて。  だからそれはそのまま返事だった。 「……僕も、同じ気持ちだよ」 「うれしい」  柔らかくほころんだ彼女の先に十字路が見えてきた。  僕は二人の時間の終わりを予感する。 「ねえ、ごめん」  最後にもう一つだけ、と言って彼女は急に――。  透明な傘がぶつかる。  踏み込んだ彼女の足元の水が跳ねて僕の靴に乗った。  彼女は傾けた顔を寄せて。  唇の直前に止まる。 「……でも、止まないで」  バリアに弾ける雨粒が音を失くして、触れた声だけが僕の中に響いた。
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