バリア

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 彼女は時折嗚咽を混じらせながら言う。 「ポチ太郎は、うちの家族なの。……昔は、お母さんも、そう言ってたのに」  なのに、と。  涙が一滴、コンクリートに落ちて乾く。 「なのに、ポチ太郎が死んだ日、『死んだら帰ってこないんだから、もう忘れなさい』だって。はっ、なにそれ。なに、それ……っ!」  彼女は歯を食いしばりながら泣く。  ぼろぼろと雫が流れ、微かに開いた口元から何度も小さな嗚咽が漏れる。  ――人は変わるよ。雨は止むのと同じように。    彼女の言葉を思い出す。   それは本当なんだろう。僕だって今まで生きてきた中で、自分を変えなきゃいけないと思った瞬間はいくらでもある。  前を向くために殺さなきゃいけない自分もいる。  ……でも、だからって。  なんで彼女がこんなに苦しまなきゃいけないんだろう。    僕は泣いている彼女の下へ歩み寄る。  空は透き通るくらいに青く、太陽は憎らしいほどに眩しい。  近付いてくる僕の足元が見えたのか、彼女は顔を上げる。 「え」  涙を乗せた瞳を丸くして、彼女は目の前に立ち尽くす僕を見た。 「……なんで、傘を差してるの」  僕は彼女の頭上に傘を差していた。  持っていた透明のビニール傘。  そして彼女に、なんで、と訊かれたから。 「――傘を」    僕は彼女の赤くなった目を見て答えた。 「傘を差さなきゃと思って」  それは到底答えにはなっていなかったけれど。  透明な膜を通って、歪んだ光に照らされた彼女は。  小さい声で、ありがとう、と言った。
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