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無色透明と、歩く。
次の日、僕たちは河原でポチ太郎の葬式を挙げた。
「終理くんに聞いてほしいことがあるんだ」
「なに?」
「私、新しい犬を飼おうと思ってるの」
手作りの墓の前にしゃがんで手を合わせた彼女は言った。墓石の前には、先程花屋で買った小さな花束が供えられている。
「まだ家族にも話してないし決まっても無いけどね」
神立はそう自虐気味に笑う。
「……いいの?」
僕の確認に彼女は頷く。
「いいの。昨日一晩考えて出した結論だから。そりゃポチ太郎に申し訳ないなって気持ちもあるよ? そんなにさっぱり乗り換えんのかよ、って思われそうだし。そういうわけじゃないんだけどさ。でもこのままじゃ駄目かなって」
多分このままじゃ私、動けなくなりそうで。
神立は呟くようにそう言った。
「ほら片思いとかでも言うでしょ。告白するか、次の恋を見つけるまで、今の気持ちは忘れられないって。だから私、前を向こうと思ってさ」
「そんなもんかな」
「そんなもんだよ」
でも一つだけ違うのは、と彼女は立ち上がる。
「ポチ太郎のことは忘れないよ」
黒いショートボブが風に揺れる。
川面に乱反射する太陽が彼女の表情を明るく照らす。
その顔は、まだちゃんと笑えていない。
思い出を全部抱えて前を向く。
それは止まない雨の中、傘を差して歩いていくことに似ている。
歩きやすい道ではないけれど、それでも歩くことを彼女は決めた。
「……応援するよ」
そのとても美しい決断を。
今日傘を開いた君を、僕は一生忘れないと思う。
「うん、ありがと」
――そしてきっと。
彼女が差すその傘の色は、雨が降っているのを忘れないように無色透明だ。
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