無色透明と、歩く。

1/1
前へ
/9ページ
次へ

無色透明と、歩く。

 次の日、僕たちは河原でポチ太郎の葬式を挙げた。 「終理くんに聞いてほしいことがあるんだ」 「なに?」 「私、新しい犬を飼おうと思ってるの」  手作りの墓の前にしゃがんで手を合わせた彼女は言った。墓石の前には、先程花屋で買った小さな花束が供えられている。 「まだ家族にも話してないし決まっても無いけどね」  神立はそう自虐気味に笑う。 「……いいの?」  僕の確認に彼女は頷く。 「いいの。昨日一晩考えて出した結論だから。そりゃポチ太郎に申し訳ないなって気持ちもあるよ? そんなにさっぱり乗り換えんのかよ、って思われそうだし。そういうわけじゃないんだけどさ。でもこのままじゃ駄目かなって」  多分このままじゃ私、動けなくなりそうで。  神立は呟くようにそう言った。 「ほら片思いとかでも言うでしょ。告白するか、次の恋を見つけるまで、今の気持ちは忘れられないって。だから私、前を向こうと思ってさ」 「そんなもんかな」 「そんなもんだよ」  でも一つだけ違うのは、と彼女は立ち上がる。 「ポチ太郎のことは忘れないよ」  黒いショートボブが風に揺れる。  川面に乱反射する太陽が彼女の表情を明るく照らす。  その顔は、まだちゃんと笑えていない。    思い出を全部抱えて前を向く。  それは止まない雨の中、傘を差して歩いていくことに似ている。  歩きやすい道ではないけれど、それでも歩くことを彼女は決めた。 「……応援するよ」  そのとても美しい決断を。  今日傘を開いた君を、僕は一生忘れないと思う。 「うん、ありがと」  ――そしてきっと。  彼女が差すその傘の色は、雨が降っているのを忘れないように無色透明だ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加