僕のお姉ちゃん

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少し無言の時間があり、しばらくしてからお姉ちゃんがまた喋り出した。 「ねぇ雄大君、今何時?」 「二時五十五分だよ、お姉ちゃん」 「そっか、あと五分かぁ。早いねぇ一時間って。ていうかあの世もイジワルだよね、なんで時間制限なんかあるんだろう。一時間は短いよ」 少し落ち着いた僕は俯きながら答える。 「未練によって時間が変わるんだよ、多分。お姉ちゃんみたいにやりたいことがはっきりしてたら時間も短いんだ。逆に何が未練かわからない人は一生成仏できないんだって」 「へぇ、そんな人がいるんだ。それは大変だね」 僕はその言葉にはなにも返さなかった。 ぱらりと後ろから音がした。おそらく壁に貼ってあったカレンダーが剥がれたんだろう。あのカレンダーはテープが古くなっていて、何度壁に押し付けてもすぐに剥がれてしまう。 「そっか。じゃあお姉ちゃんはまだ恵まれてる方なのかな。じゃあ、残った時間でやりたいことをやらなくちゃね」 お姉ちゃんは軽く咳払いし、僕の名前を呼んだ。 「雄大君。私ね、やりたいこといっぱいあったの。お嫁さんにもなりたかった。都心でOLもしたかった。友達ともっと遊びたかった。お父さんとお酒も飲んでみたかった。結婚式でお母さんに手紙を読みたかった。でもね、死んじゃって沢山あるやりたいことの中から一つ選べって言われたら、私の未練はこれだったの」 「なに?」 「雄大君に幸せになってほしいの、私は」 お姉ちゃんが真っ直ぐ僕の目を見てきた。 僕は逸らさずお姉ちゃんを見つめ返した。 「ねぇ、雄大君。雄大君は今幸せ?」 「もちろんだよ!」 ハッキリと僕はそう答えた。夜中だろうと関係なく、大きな声で。 「お姉ちゃん。僕は今幸せだよ。お姉ちゃん、僕は大丈夫。幸せだよ」 「……良かった。ほんとによかった。その言葉が聞きたかったの」 時計の針が動いて三時になった。 鏡の中のお姉ちゃんがだんだん透けていく。 「よかった、よかった、よかった。ありがとう雄大君、お姉ちゃんも最後に雄大君と喋れて幸せだったよ。ありが」 お姉ちゃんは最期の言葉を言う前に消えてしまった。 そっか、成仏するときはああやって消えるのか。知らなかった。
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