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この八年の間、君の事を忘れた日は一日もなかったよ。
おじいちゃんが死んだ時、僕はとうとう天涯孤独になってしまった。
あの暑かった夏の日を思い出すと、僕は今でも苦しくなる。
夏休みの部活練習。
明日から合宿だからと言って、午前中で練習を終えた僕たちは、いつものように高校の近くのたこ焼き屋さんに寄り道した。
「やっぱグッピーのたこ焼きは最高だな!」
二人で分け合いながら食べていると、君は僕の顔を見ながら「明日さ、起こしてくれない?」と甘えた声を出した。
朝が苦手な君を、モーニングコールで起こしたことは今までに何度もあった。
「いいよ」
僕は朝型だから早起きは苦にならない。合宿の日の集合時間は6時半だ。
「でも今日は早く寝ろよ」
「うん。よろしくな」
そうしていつもの場所で手を振って別れた君と、それきり会えなくなるなんて思いもしなかったよ。
家に入ると、異常なくらい空気が熱かった。
「おじいちゃん?ただいま!」
声を掛けても返事がなくて。
店の奥へ入ると、床に倒れているおじいちゃんを見つけた。
「おじいちゃん!!」
顔が、真っ白だった。
こんなに暑い部屋の中で、その手は冷たくなっていた。
僕は震える手で携帯電話を持ち、救急車を呼んだ。
それからのことは、はっきり思い出せない。
家で亡くなると不審死扱いになって、警察が呼ばれた。
直接の死因は熱中症。
おじいちゃんは家具が傷むと言って空調をあまり使いたがらず、お客さんが来た時以外はあまり使おうとしなかった。
窓も閉め切っていたので、気温はそうとう高かっただろうし、おじいちゃんは心臓が弱かった。
おじいちゃんには、僕しか家族はいない。
おばあちゃんは僕が生まれる前に亡くなっているし、一人息子の僕の父さんは僕が十歳の時に母さんと一緒に事故で死んでしまった。
僕はその夜、君に電話をした。
「明日の合宿、行けなくなった」
君は驚いて理由を聞いたけど、僕の答えに納得して「お土産を買って来るよ」と約束してくれた。心配を掛けたくなくて、本当の事は言わなかった。
僕はこの時はまだ、あんなことになるって知らなかったから、君が約束してくれたお土産を受け取る気でいたんだよ。
お隣の家に住んでいる老夫婦が色々と助けてくれて、僕はなんとか一人で家族葬をして、おじいちゃんを見送った。
おじいちゃんと付き合いがあった数人のご近所さんと、取引先の担当の人が何人か来てくれただけの寂しい葬儀だった。
けれどそのすぐ翌日に、どこから聞きつけたのか黒いスーツの集団が現れて、店の中を物色し始めた。
僕がどうしていいかわからずにいると、一番偉そうな男の人が言った。
「ぼっちゃん、悪いね。じいさん、うちに大分借金があってさ。ここの商品と、この家抵当だからもらうことになるけど、それだけじゃ足りないんだな。早く助けを呼ばないと、ぼっちゃんにかぶってもらうことになるよ?」
何を言われているのか理解できなかった。
おじいちゃんが借金?
そりゃ、うちがそんなに裕福じゃないことは分かっていたけど、それでも借金があるなんて全く知らなかった。
僕にはおじいちゃんの他に頼れる大人なんていない。
学校の先生ぐらいしか思いつかなくて、とにかく先生に連絡した。
担任の先生はすぐに来てくれて、あちこちに聞いてくれたけど、おじいちゃんの借金は本当で、家を手放してもまだ返しきれないことがわかっただけだった。
未成年だからって逃れられない。高校は義務教育じゃないから今すぐ辞めて働いて返さないといけない。それ以前に僕の生活費すら残っていない。
店の金庫にあった数十万円のお金は、葬儀で使ってしまって、あとわずかしか残っていなかった。
高いアンティークの家具は昔のようには売れなくなっていて、資金繰りが苦しかったらしい。僕の父さんがいた時は海外との取引もあって、それなりに繁盛していたのに、おじいちゃんはネットで営業したりできないし、今時のやり方に付いて行けなかったのだろう。
取引先に言われるがままに仕入れて、思うように売れない在庫で溢れていた。
僕がもっとしっかりしていればこんなことにならなかったのに。
どうにもできない後悔ばかりが沸き上がって来て、僕は泣いてばかりいた。
結局は名前を変えて行方をくらませるのが一番だという結論になった。僕が未成年だから相手も今はそれ以上手出しが出来ない。けれど成人した時に居場所がわかれば、追いかけられてしまうかもしれない。
何もわからない僕は大人に言われるがままに、身の回りのものだけを持ってこの町を出た。
おじいちゃんが亡くなって初七日も済まないうちに。
まだ君が合宿から帰っても来ないうちに。
おじいちゃんのお骨を菩提寺に納めるとすぐに、僕はたった一人で東京に向かったんだ。
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