5 「Club Sleep Walker」

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駅の改札を抜けると、俺は繁華街の中心にある交差点に向かった。 三か月前の金曜日のことだ。 この近くのバーに「天涯孤独の超イケメン」のボーイがいるらしいという、情報が入った。年齢も身長もわからない。 そんないい加減な情報だったけど、それでも縋るような思いで、俺はその店へ向かって歩いていた。 夏の暑い日で、もう夜なのに歩いているだけで汗を掻くほどの気温だった。 ふと前を見ると、交差点の手前の信号で、こちらに背を向けて立っている男が目に入った。 ありふれた黒のTシャツにデニム。頭には黒のキャップをかぶっていた。 身長は俺より低そうだけど手足が長くて少しだけ猫背だ。半袖なのでよくわかる腕の筋肉の付き方が、あいつによく似ていた。 「大和?!」 つぶやくと同時に走り出した俺は、その男の右腕の肘の裏に目が行った。 そこには、薄くハート型をした火傷の跡があった。 「大和!!」 確信を持って呼びかけると、同時に信号の色が変わった。 一気に動き出す人々。大和らしき男は急ぎ足で俺から遠ざかって行ってしまう。 必死で後を追ったが、人混みに紛れて見失ってしまった。 慌てることはない。きっと情報にあったバーへ行けば会えるはずだ。 浮足立つ自分を落ち着かせながらその店へ向かうと、そこにいたボーイは全くの別人だった。じゃあ、さっき俺が見たのは? あれは絶対に大和だ。 あの右ひじの裏に合った火傷の跡。 テニスのラケットを振る時に気が付いて聞いたことがある。 子供の頃に煮立った薬缶に触れてしまって、できた古い火傷の跡だと言っていた。 肘の裏側だから自分では見えないと言うから「可愛いハート型だぞ」と教えてやると笑っていた。 何故あの時もっと大きな声で呼び止めなかったのだろう。 全速力で追いかけなかったのだろう。 後悔に苛まれた俺は、それから毎週金曜日にこの交差点であいつを待っている。 絶対に見つける。そう思いながら、今日もやって来た。 午後六時四十分。 交差点の手前にただ立っているだけだと、キャッチに掴まってめんどくさいので、携帯を片手に通話中を装いながら歩いている人を見ていた。 三か月の間に夏は終わり、今は十月半ば。当然長袖を着る時期なので、火傷の跡は見えない。今日だけでもう十回以上信号が変わるのを見ていた。 今また信号が変わって、人々が動き始めた瞬間。 急ぎ足で横断歩道を渡る男がいた。 光沢のあるシルバーのパーカーのフードを深く被っていて、顔は見えない。 けれどそのフードをかぶった少し猫背の後姿が、部活帰りでパーカーのフードを被って歩く大和にそっくりだった。 俺は走って後を追いかけた。 その男は迷いのない足取りで、細い路地へ入って行く。 見失わないように後を付けると、黒いドアに吸い込まれるように消えて行った。 「STAFF ONLY」の札がかかったドアの前に立つ。確かにここに入ったよな? 俺は裏路地からぐるっと歩いて、店の正面に廻った。 黒字に金色の飾り文字で書かれた看板は 『Club Sleep Walker』。 外から見ただけではそれ以上の情報は無い。 俺は携帯を出して検索した。そこで画面に出てきた文字に、目が釘付けになる。 ここは、紛れもないホストクラブ。 それも男の客相手のホストクラブだった。
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