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駅から十分ほど東に歩くと、落ち着いた住宅街が広がっている。
広いバス通りに沿った歩道に、プラタナスの街路樹。
小さな花屋を通り過ぎると、植え込みに埋もれるようにポツンと建っているクラシックな郵便ポストがある。
今は役割を終えて、ただの赤いオブジェと化したそのポストが、絶好の目印になっていた。
その角を左に曲がると年季の入った石畳の道になり、まっすぐ進んだ突き当りにこの店はある。
「Café Pendule a coucou」。
カタカナで書くなら「カフェ パンデュール ア クゥクゥ」だ。
フランス語で「鳩時計」という名のこのカフェは、古い洋館をイノベーションして作られた、いわば洋風古民家カフェ。
何年も空家になっていた、庭木に埋もれた小さな洋館をオーナーが気に入って買い取り、あちこちを改装してアンティーク風のカフェに生まれ変わらせた。
この店の特徴は、何と言ってもレンガ造りの外壁と、濃い茶色で統一された内装。
飴色に磨きこまれた床や、長い一枚板のカウンター。そして大きなフランス窓。
天気の良い日にはその窓を全開にして、テラスに白いテーブルを並べる。
お昼のランチタイムが終わり、名物のフレンチパンケーキや、スキレットに乗せて提供するプディング、濃厚ガトーショコラの甘い香りが店内に漂い始める頃。
僕が待ち望んでいる、あの音が聞こえてくる。
『カチッ ボーンボーンボーン』『クック―・クック―・クック―』
ドアから見てちょうど正面、六席並んだカウンターの奥。ステンドグラスの天窓のすぐ下に掛けられた鳩時計が、午後三時を教えてくれたのだ。
そんなに大きな音ではないのに、存在感溢れるその時計を、店内の誰もが笑顔で仰ぎ見ている。
見事な木の彫刻の葉の中にある巣箱から、顔を出して鳴き声を聞かせてくれるのは小さな木の小鳥。ぶら下がっている二つの振り子にも綺麗な彫刻が施してあって、もう古美術品と言っていい域のこの鳩時計が、この店のシンボルだ。
そしてこの音を聞いてしばらくすると、ドアを開ける音とカウベルが鳴る音が聞こえる。
僕はまた、待ちきれなくてドアが開く前から準備していた。
今日も、一番初めに声を掛けたくて。
「いらっしゃいませ」
正面から出迎えた僕に驚くでもなく、その人はにっこりと笑って「こんちは」と言った。
やっぱり今日も来てくれた。
僕は彼のお気に入りの席に向かって、「こちらへどうぞ」と手を差し伸べた。
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