2 面影

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いつもの席でラップトップに向かって、一心不乱に文字を打ち込み始めた彼を見ながら、パンケーキのオーダーを通してエスプレッソマシンに向かった。 この店では彼の事を「モリローさん」と呼ぶ。 オープンした時からの常連さんだということは、もう三年も通ってくれているということだ。「よろしくね」と置いて行った名刺に『モリローの世界のはじっこ』というブログのタイトルとアドレスが書かれていて、誰かが検索したら日本では屈指の有名ブロガーだということが判明したのだ。 そういうことに疎い僕にはよくわからなかったけど、先輩スタッフに教えてもらってスマホでも見ることができると知った僕は、それから毎日彼のブログを見に行くようになった。 人気ブロガーだけあって記事の内容は面白く、何よりその更新速度が半端ない。 見ていると、ラップトップとスマホとタブレットをすごい速さで操作しながら、常に周りの音を聞いているのがわかる。 どうやら彼は、情報を仕入れるためにこの店に通っているようなのだ。 ここに来る大半のお客さんは女性同士かカップルなので、いつも明るい会話に溢れている。 「お待たせいたしました」 僕がダブルエスプレッソを持って行くと、ぱっと顔を上げて「ありがとう」と言った。 邪魔をしてはいけないと思い、テーブルの端の方にカップを置くとキーボードの上の指をピタッと止めて 「ねぇ、すずきくん」 と、言った。自分が呼ばれたと思わなくて半拍遅れて 「は、はい」 と返事をすると 「きみ、兄弟いたりする?」 と聞かれた。初めてのプライベートな質問にどぎまぎしながら答える。 「いえ、一人っ子です」 「…そっか。その目は、カラコンかな」 と、今度はじっと目を見つめながら聞いてきた。 僕はとっさに目を伏せて 「はい。そうですけど」 と答えると 「やっぱりか。今のカラコンはすごいね。変なこと聞いてごめんね」 と謝った。「いえ、大丈夫です」と答えた僕は、上手く笑えていただろうか。 その黒目勝ちの瞳でじっと見つめられると落ち着かない気分になる。 大丈夫だ。落ち着け。 自分にそう言い聞かせながら、僕はいつものように表情を取り繕った。
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