3 想い出

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あれは、高校二年の夏休みのことだ。 大和と俺は八月から二週間の合宿へ行く予定になっていた。 明日出発という日の夜、大和から電話が来た。 「僕、合宿行けなくなった」 「ええっ!なんで?」 「ちょっと身内に不幸があって、遠くに行かなきゃならなくて」 「まじか…それじゃしょうがないな」 「うん、ごめん。先生にはもう連絡したから」 「うん…なぁ、身内って親戚とか?大丈夫か?」 「うん、そう。大丈夫だよ、ありがとう」 じゃあ何かお土産買って来るよ、と言うと大和は笑って「うん、ありがとう」と言った。 それが俺が大和と話した最後の言葉になってしまった。 二週間の合宿中、何度か大和の携帯に連絡を入れたが、全く返ってこなかった。 お葬式とかなら連絡取れなくても仕方がないかと思ったけど、合宿が終わって帰って来てもそれは変わらなかった。 新学期が始まれば学校で会えると思って、お土産のお揃いのストラップを持って登校すると大和は来ていなくて、朝のHRで担任が言った。 「急だけど、御影は転校することになった」 「ええっ」 クラスの誰よりも大声を出した俺に向かって 「ご家族が亡くなって、親戚を頼ることになったそうだ。お前によろしくって言ってたぞ」 と言う担任に、俺は驚きで声も出なかった。 よろしく?たったそれだけ? 大和の机の中やロッカーを見ると、荷物は全部空になっていた。 納得できなくて、担任や部活の顧問に話を聞きに行っても、みんな同じ答えしか持っていなくて行方もわからない。 どうして?何故俺に一言も言わずに行ってしまったんだ、大和。 突然ぽかりと空いてしまった心の隙間と、自分の隣のスペースが寂しくて、俺は何日もふさぎ込んだ。 そして時間が経つにつれて、突然親を亡くして引っ越しをしなければならなかった大和の気持ちを考えるようになった。 きっと、いろんなことがいっぱいいっぱいで、俺のことまで気がまわらなかったんだろう。 落ち着いたら、きっと連絡をくれるはずだ。その時まで待とう。 そう自分に言い聞かせて、俺は残りの高校生活をやり過ごした。 三年に進学しても状況は何も変わらず、俺は大学受験をして高校を卒業した。 その、卒業式の後で。 校舎を出ようとしたときに、「森谷」と呼び止められて振り向くと二年の時の担任の笹原先生が立っていた。 「少し、いいか。実は御影の事なんだけどな」 「え、大和がどうかしたんですか」 「いや、あいつの転校の話だけど、実は嘘なんだ」 「嘘?嘘ってなに?どういうことですか?」 「うん。実はな…」 それから聞いた話は、俺には衝撃的だった。 大和の両親は十歳の時に亡くなっていて、祖父に引き取られて一緒に暮らしていたらしい。 だけど去年の夏にそのおじいさんが亡くなって、天涯孤独になってしまった。 そしてそのおじいさんには事業で出した負債があり、それを大和が背負わされそうになっていた。 それを回避するために姿を消さなければならなくなり、大和は名前を変えて行方をくらませた。 「それって、じゃあ…転校じゃなくて」 「うん。退学だ。高校中退したんだよ」 「そんな…どうにかできなかったんですか」 「頼れる親戚もいないそうだし、高校は義務教育じゃないから仕方がないんだ。自分で勉強して大検受けますとは言ってたけどな。面倒をみてくれる機関があって、そこを通して引っ越しはしたんだが、居場所を明かすことはできない。俺も知らないし、お前に教えることもできないんだよ」 「じゃあ大和は今、どこでどうしているかもわからないままなんですか」 「うん…だけど御影の一番の友達は森谷だったから。もしもこれから先、御影から連絡してくるようなことがあったら、助けてやって欲しいんだ。もちろん、俺に出来ることがあれば言って欲しい。できる限りのことはするから」 そう言って笹原先生は俺に連絡先を書いた紙を寄こした。 先生にとっても、大和は気になる生徒だったのだろう。お互いに連絡が来たら教え合う約束をして、俺は高校を後にした。
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