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両方の羽のすぐ側には、白い革手袋が。上を向くと、ギャルソンと思われる包帯男が此方を見ていた。黒のシルクハットを被り、真っ黒の燕尾服を身にまとっている。一見するとただの従業員にしか見えないかもしれない。しかし、彼は本来は肌が見える部分が真っ白の包帯で覆われている。それは腕や首だけではない。顔全体が真っ白な細い布で巻かれてしまっている。一目で彼は「異質」な存在であると気付いた。
呆けていると、燕尾服の彼は「しかし」と前置きしてボクを見つめた。
「椅子を引くのは従業員の仕事でございます。お客様はご着席下さいませ。どうか、私めの『格好つける』機会を奪ってしまわれませんようお願い申し上げます」
「あ、ソッカァ。仕事ヲ奪っちゃってゴメンね!それじゃあ、一緒に椅子を引イテあげヨ!」
ボクの提案にギャルソンは少し間をおいて「かしこまりました」と答えた。
そっかぁ、ギャルソンにとって、お客様に椅子を引いてあげる行為は格好つける機会なのかぁ……。
考え込んでいると、ギャルソンがエリーに声をかけた。
「それではお嬢様、ご着席下さいませ」
「クダサイませ!」
ギャルソンに続いて復唱して、エリーの方を向いた。
三日月のように目を細くさせるエリーは心底楽しそうだ。自分の掘った落とし穴に、足を踏み出す人を物陰から見つめているような、心の底からドキドキわくわくしてニヤけている笑顔。
「エリー? 何か面白カッタ?」
尋ねると、エリーは静かに首を振ってから、席の前に立った。そして、ボクとギャルソンが同時に椅子を押すと、彼女は腰を下ろした。
一息吐いたエリーは背もたれに掴まっていたボクの方を振り返る。
そして、さきほどよりも柔和な笑顔をボクに向けた。
「これからも貴方には『格好つけ』てほしいなって思っただけよ」
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