僕の二十歳のお祝いに

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「この絵はね、じいちゃんの友達が描いてくれたんだ」 「すげー! じいちゃんの友達すげー!」  聞き覚えのある声と、知らない子供の声。  目を開けると、そこはじいちゃんの家のじいちゃんの部屋だった。フローリングの部屋に場違いにかけられている掛け軸の前で、じいちゃんと、子供の頃の僕が話していた。  この時のことは覚えている。この絵はじいちゃんの友達が描いたんだと教えてくれて、いつか僕にこれをくれると言ってくれたんだ。 「この絵にはね、遠くにいても、いつでも傍にいるという思いが込められているらしい」 「遠くなのに傍にいるの? 無理じゃん」 「ああ。無理だな。ははは。あいつは変な奴だったんだ。こんなもん残して行っちまってな」 「ひっこしちゃったの?」 「そうさ。うんと遠くにな」 「もう会えないの?」 「いいや。会えるさ。こうしてこの絵を見れば」 「ええー? いないじゃん」 「はははは。そうだな。いつかわかる日が来たら、この絵をあげよう」 「ほんとに!?」 「ああ。その代わり、ちゃんと勉強するんだぞ?」 「あ、それは大丈夫。僕勉強得意だから。この前も百点だったし、僕百点以外とったことないよ!」 「それはすごいな。どこまで記録が伸びるかな?」 「ずっとずっとだよ!」 「はっはっは! 楽しみだなぁ」  こんな会話、忘れていた。でも確かにした覚えがある。  どうして僕は泣いてるんだ。涙が止まらない。ああ、もっと見ていたいのに、視界がぼやける。  涙を拭いたら、もうあの時計屋に戻っていた。いつの間にか、僕は絵を抱きしめていた。 「この絵の意味を忘れないように。という伝言も与っています。では、確かにわたしましたよ」  はじめてにこりと笑った眼鏡の人は、懐から丸い小さな時計を出すと、何か操作をして僕の方に文字盤を向けた。 「場所はサービスしましょう。それではまたいつか。あなたが来られれば、ですがね」  ぐりゃりと視界が歪み、視界が暗転していく。  目を覚ますと、自分の部屋のベッドの上だった。  僕は寝ていたのだろうか。実は酔っぱらっていて一人になった途端に意識が飛んだ? 今までのは、夢だった?  起き上がると、何かが転がり落ちた。しらばくじっと見てから壁にかけてみて、自然と頬が緩んだ。  まだ夜なのに、少しだけ、世界が騒がしい気がした。奥の方にあった何かが溶けてなくなっている。  もうあの時計は見えなくなっていた。  だけど今も、僕の傍にいる気がする。           了
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