昔話

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昔話

部屋の掃除中、捨て忘れていた昔の教科書やらノート、アルバムやらを纏めていたときに、それはハラリと床に落ちてきた。小学生の頃流行っていた、動物の可愛らしいキャラクターが描かれた便箋に、カラーペンで不器用な文字が書かれているそれ。もう、ヨレヨレで黄ばんでいるが、奇妙な出来事とともに記憶には残っていた。 「あー、まだ取ってあったんだ、これ。」 これを私が受け取ったのは、確か小学生の頃。何でもない日の朝に、机の中に入っていたのだ。だいたい、忘れ物やら置き手紙やらは教員が巡回時に全て回収してしまうため、内容も相まって不思議に思っていたのも記憶している。宛先は間違いなく私なのに、差出人の名前も書いていないのだから。けど、首を傾げる私を余所に、当時の友人たちは私が誰かからラブレターを受け取ったと浮かれていた。他の何人かのクラスメイトも、そう囃し立てた。当時流行っていた少女漫画やドラマもあって、すぐにそれが頭に浮かんだのだろう。そして、先生にバレぬよう他の野次馬目的の子たちを振り切って、私と友人二人で保健室へ行くフリをして、件の理科室へ行った。友人たちは私の恋の結末を見届けるという目的で、私はこの手紙の送り主をこの目で確めるために。けれど、3時を過ぎても待てども暮らせども誰も来なかったし、いなかった。時々先生たちから隠れたりして、下校の時間までそこにいたが、それでも結局何もなかった。日が傾いて橙色の外へ出ると、友人たちが私を慰めてくれたし、顔も名前も知らない手紙の送り主に怒ってくれていた。これは、女の子の心を弄んだたちの悪い悪戯だと。…私は特に気にしていなかったのだけれど。でも、誰が送ったのかが気になっていたのは事実だし、気持ちは嬉しかったのは確かだ。 もうかなり昔のことだし、とっくにこれは捨ててしまったと思っていたけれど、まだあったなんて。不思議でありながら、少し懐かしい気持ちに浸っていた。そういえば、そんなこともあったと。何の因果か、現在私はそんな思い出のある学校に、警備員として勤めている。まだまだあの頃の校舎をそのまま使っているらしく、ボロボロではあるけれど。でも、もうこの手紙は必要ないだろう。誰が送ったにせよ、済んでしまった話だ。今はもう関係ない。そう考えて、色褪せたその手紙を屑籠に入れた。
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