ことの真相

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ことの真相

「あーもう、何が悲しくてまたここにいなきゃならねえんだよ!てか、お前何のつもりだよ!?」 「いいから、待っとけって。そのうち全て丸く収まっから。」 「やってらんねえ!」 理科室の侵入者…いや、厳密には違う、室内にいた者の姿を視認して間もなく、私は呼吸すら飲み込んでしまった。…喋る骸骨と内蔵が剥き出しの人間だ。いや、これも違う。よく見ると、骨格模型と人体模型が、理科室の机を挟んで座り雑談をしているのだ。机の中心には、火の点いたアルコールランプを置いて。私の目の前で。過去に、学校の怪談や怖い噂などでしか聞いたことのないようなことが、今になって起きている。当然、私は頭が真っ白になりただただ立ち尽くすしかなかった。 呆然としたまま、私が何もできないでいると、やがて二体の動く模型たちと目が合った。…あ、まずい。 「に、人間…?もしかして、警備員!?やっべ、警備員来ちまった!マズイやばいどうしよ」 「…マジか、とうとう。」 あからさまにこちらに向けての二体の発言に、私は漸く我に返る。だが叫び声は出ず、ヒッと喉から気が少し漏れただけでこれ以上は何もできない。足もガクガク震えるだけで、走り出そうと動かしたくても動かない。ああ…本当にただの不審者だったらよかったのに。こんなのが相手では、どうしたらよいかわからないし怖い。冷や汗が止まらないし、数年ぶりに泣きそう。痺れを切らしたように、骨の模型の方から立ち上がった。そして、こちらに動き出す…あ、もうだめだこれ。反射的にキュッと目を強く瞑った。 …だが、想定していた衝撃はいつまでたっても来ない。恐る恐る目を開ける… 「おい、待てってお前。」 「は!?お前何言ってんだ!だってこいつ警備員だぞ!?」 私がいる出入口とは反対の方へ逃げ出そうとしている骨が、人体模型に腕を掴まれて引き留められている。…どういうことなのこれは? 「お前こそ、落ち着いてよく見ろ。念願の彼女に向かって"こいつ"はねえだろ。」 「は?……え、え?」 呆れた様子で、骨模型君にそう言う人体模型君。そして骨模型君は、一瞬わけがわからないという顔をするも束の間、何かに気づいたように人体模型君と私の顔を交互に見た。二体は何かわかったのかもしれないが…私はまだ全くもって何もわからない。この状況もただでさえ異常なのに、自我がある理科室の小道具の考えていることなんてもっと考えが追い付かないのは仕方ないと思いたい。だが、混乱している私を余所に、骨模型君は今度はゆっくりこちらに近づいてきた。猛毒の毛虫がこっちに這ってきているような恐怖に、私は逃げ出したくなる。それでもまだ動けない己の体を恨んだほど。でも…想像とは違い、骨模型君は私の前まで来ると急にモジモジと両手指を合わせ出した。 「…あ、あのう、疑ってるわけじゃねえんですが、ちょっといいスか?」 「な、何?」 「あなた、ひょっとして武上真弥さんっスか?」 「!?…そ、そうですが。」 何を言い出すのかと思えば、この骨模型君は私のことを知っているようだ。一体どこでそれを…。いや、答える私も私だけれど。 すると、私がそう答えると、骨模型君は暫し茫然としたあと嗚呼!と叫び、骨しかないスカスカの両手指で顔を覆いだした。 「む、無理…」 「…え?」 「ダメ、待って、ほんとむり…」 「ちょ、あ…だ、大丈夫!?」 「あーあ、感極まっちまったか。まあ、無理もねえな。」 涙こそ流れていないものの、オンオンと泣き声を漏らす骨模型君に、私は思わず情が移ってしまい駆け寄る。それに、骨模型君がますます号泣してしまい暫く大変だった。 *** 漸く落ち着いた彼(?)から、事情を話してくれた。…正直まだ信じがたい状況だけど、何だか自分が泣かしてしまったような居心地悪さが恐怖を上回ってしまったので、もう何も言わないことにして。 話によると、こうだ。この骨模型君は、12年前…つまり当時小学生だった私に何度も助けられたのだと言う。元々理科室の備品を大切に扱う様子や、真面目に授業を受ける態度には感心していたが、ある時この模型君を他のクラスの男子たちがバラバラにした上で落書きまでされたとき、綺麗に汚れを落とし元に戻してくれただけではなく、「たいへんだったね、もうだいじょうぶだよ」と声を掛けられたことでもう完全に落ちたらしい。その後も、悪戯から直接庇ったり、手入れも真剣に手伝う姿に惚れ惚れしたのだとか…。 確かに、生き物係の一環で一時期理科の担当の先生を手伝っていたし、理科も好きな方だった。備品の手入れや理科室の掃除も当番でしていた。それは、朧気ながら覚えている。でも…骨模型君には申し訳ないが、それについてはあまり記憶がない。手紙のことは、印象的だったし覚えていたけど。人はされたことは覚えているけど、したことは覚えていないというけれど…これは悪いことだけではなく、いいこともそうなのだろうか。それはともかくとして、そういった理由でこの骨模型君は私にお礼や色々話してみたくて、こっそり生徒の真似で手紙で私を呼ぼうとしたそうだ。だが、結局私が時間を誤解して上手くいかず、その後酷く落ち込んでやさぐれたのち諦めたらしい。そして、それが12年経ってようやく叶ったものだから気持ちが爆発してしまったのだそう。 「お見苦しいところを見せてしまい、失礼しました…で、でも、オレほんとずっと憧れてたんで…このときを!あのときのことは、オレ永遠に忘れませんから!」 「そ、それはどうも。」 物凄く感激した様子の骨模型君に、私は苦笑いしかできなかった。覚えていないのは間違いなく事実。それに昔のことだし、ただの模型としか思っていなかっただろうから仕方ないと言い訳したくもなる。まさか、模型が喋って動いてここまで慕われるとは思いもしなかったし。でも、こんな彼を見てしまっては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だから、こんな反応しか返せなかった。…これからは、ちゃんと覚えておこう、うん。 それにしても…だ。 「そっか…3時は3時でも深夜の方だったのか…申し訳ないことをしたなあ。」 「いえいえ!考えなしに送ったオレが悪いので!真弥さんは悪くないッスよ!」 「俺も初め聞いたとき、馬鹿かコイツと思ったよ。何を一生懸命書いてんのかと思ったけど。真弥さん、あん時小学生だっつーのに。」 「うう…馬鹿はひでえけど、返す言葉もない…」 容赦のない人体模型君と、シュンとなる骨模型君にまたも苦笑いしながらも、私は今度は人体模型君の話を聞いた。何でも、今私が持っているこの真新しい手紙を鞄に入れたのは彼らしい。目に見えて落ち込んでいる彼に事情を聞いて、ずっと何かしらの機会で私に手紙を渡すチャンスを待ち続け、そして現在私が警備員としてこの学校に戻ってきたことを知り、実行に移したのだという。入れることができたのは、トイレの花子さんに協力してもらいやはりあの置き忘れたときに入れたようだ。な、なんか、色々と凄いな…。どこからどう言ったらいいかわからないけど…兎に角、みんな仲良しなんだね!うん。 「ま、結果的にコイツも俺も報われてよかったと思っちゃいるよ。しかしまあ、話は変わるが俺も昔のアンタを知ってるけど、かなり変わったよな。」 「そ、そりゃ大きくくらいなりますよ…それに私にも色々ありましたし。」 「それでも、真弥さんは真弥さんっスから!真弥さんの魅力は未来永劫っスから!大丈夫っス!」 「あ、ありがとう…」 「おいおい、あんまグイグイ行きすぎんなよ?引かれたらどうすんだ。」 「わ、わかってるって、んなの!」 初めは戸惑ったものの、この模型君たちとのやり取りに、大人の人間ながら心がほっこりして思わず顔が綻んでしまう。深夜の学校で、明かりがアルコールランプしかないのに何だか賑やかだなあ。それに、初対面なのに幼なじみに再会したときみたいに懐かしい。 そんな暖かな気持ちに浸っていると、骨模型君がおずおずと私に話しかけてきた。 「じゃ、じゃあ…えっと、真弥さん。これから雑談会始めても…?」 ワクワクしているような、ハラハラしているような口調で、こちらの様子を骨模型君は窺っている。そうさせてしまっているのはこちらだから申し訳ないけど、そうだよね、こういうとき緊張するよね。でも、もう答えは決まっている。 「…うん、勿論、よろこんで!寧ろ12年も遅刻しちゃったし。ごめんね?」 「い、いえいえ!ほんと気にしないで、ゆっくりしてってください!」 「こちらこそ、よろしくお願いします。」 先程まで模型君たちがいた机の席に案内されて、不思議だけど楽しい雑談会が始まった。
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