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謎の青年
──村を出て数日経過。
誰かにつつかれている。
そっと目を開けると、樹人さん達が私の顔を覗きこんでいた。
あれれ、野宿なのに……なんでこんなに柔らかいんだろう……。
「んんぬぅ~ドラゴンの……は……なくそ……」
「!?」
私は人間の姿のミルに抱きしめられて眠っていたようだ。
道理で息苦しいと思った。いつもやめてって言ってるのに彼女は私を抱きしめて眠るから困ったもの。
嘆息し、ミルの顔を押しのけて寝床を出る。
まぁ寝床といっても樹人さんの腕で作ってもらったハンモックだけど。
樹人さん達は近くの湖で食事(水)をしていた。
私も顔を洗って、透き通った水で喉を潤わせる。
再び寝床に戻るとミルはまだ寝ていた。
私はミルをハンモックから地面に転がす。しかしまだ起きる気配はない。
人生書って眠るのね。しかも寝起き悪いし変な寝言言っているし……。
「……もうしばらく寝せておこう」
近くに生えていた大きな葉を千切ってミルにかぶせてあげる。
ミルをここで起こしてしまったらまたあの地獄のような特訓が始まるのだ。
私は身震いをしつつ、暇なので辺りを散歩することにした。
森の中をここ数日はずっと歩いているけどシュトラール王国はまだ見えない。
一体いつまでミルの地獄レッスンが続くのだろう。
あぁ、憂鬱だ……。
「お嬢さんや」
声をかけられた。
振り向けばいつの間にか腰の曲がったおじいさんが私を見上げていた。
歯がすっかり抜け落ちた歯茎を晒してにっと笑う。
「すまんが腰がやられてしまっての。近くにわしの家があるからそこまで連れて行ってくれんかの」
「え?」
私は何年も身体を洗っていないであろうおじいさんの匂いに鼻がおかしくなりそうだった。
う、でも……おじいさん困っているみたいだしなぁ……仕方ない。
私は恐る恐るおじいさんの身体を支えようとしたが──その前に誰かに腕を引かれた。
「おいおいじーさん、この子は俺のツレなんすけど? 手ェ出さないでもらいましょうか」
「なっ!?」
「え?」
後ろから誰かに抱きしめられる。
おじいさんは私の背後を指差したまま口を開けていた。
「お、おお、お前は……ガンザスファミリーの!」
「はて、なんのことかね。ひとまずこの子は俺がお持ち帰りしちゃうんで、ここを去りな。いいな?」
おじいさんは途端に舌打ちすると、軽い足取りで茂みの中へ消えていった。
え、普通に歩いてる!? 腰大丈夫なの!?
戸惑う私にため息が落ちてくる。
「アンタさ、あのじーさんに騙されてたのまだ分からないんすか?」
「え?」
私が振り返ると、黒いチュニックに身を包む男の人が立っていた。
身長が高く、歳は私よりも少し年上だろうか。
エメラルド色の瞳に思わず見惚れてしまう。
「おーい、話聞いてんの?」
「はっ! う、うん。聞いてる! えっと、一応助けてくれたんだよね?」
「そーそー。あのじーさん、お前を盗賊のアジトに連れ込んでここでは言えないあんな事やこんな事をするつもりだったんだろうね。それがあいつらのやり方だ」
「あんな事やこんな事……」
おそらく、あまりよろしくないことだろう。
私は顔を青ざめた。あのまま付いて行っていたら……。
そんな私の顔を見て、男の人は「理解できたようでなにより」と私の背中を叩いた。
「それで、俺にお礼は?」
「え? あ、ありがとうございます!」
「違う違う。言葉じゃねぇよ。そんなの美味しくねぇだろ。金だよ金。寄越しな」
男の人の言葉に私はポケットをひっくり返す。
「えっと、ごめんなさい。私、本当に何も持っていなくて……」
「はぁ!?」
男の人は慌てて私のポケットを確認するが、すぐに渋い顔をしながら離れた。
「マジかよ……丸腰? 死ぬつもりか?」
「そんなつもりはないけれど……ちょっと色々と事情があって。シュトラールを目指しているの」
「ふーん。お前名前は?」
私を不思議そうにまじまじと見てくる彼に私はキョトンとする。
「ハル。貴方は?」
「俺は──」
するとその時、聞き慣れた声が響いた。
ミルだ。ミルが泣きながら私の方へ走ってきている。
「ハルさぁん! どこ行ってたんですかもう! ハルさんお馬鹿可愛いんだから盗賊に攫われるか襲われるに決まっているじゃないですか~! 一人で行動しないでください!」
「うっ」
腹立つけど、実際攫われかけたのだから何も言えない。
「なんだ保護者付きか。ビビらせやがって……」
「あ、ちょっと、まだ名前聞いてない!」
「はぁ? ……ルーク」
「そう。助けてくれてありがとう、ルーク。お金なくてごめんね。ほんとはお礼したかったんだけど……」
「!」
ルークは気まずそうにそっぽを向く。
そしてぶつぶつ何かを呟きながら踵を返した。
「名前、」
「?」
「ルークってのは嘘。これ俺の仕事用の名前。本名知りたきゃ俺に会いに来りゃいい。俺、シュトラールを拠点に悪党やってんだ」
「悪党??」
私は顔を顰める。
「じゃあな、ハル。もう騙されんなよ」
ルークはそのまま森の木々の隙間に消えていった。
な、なんだか変な人だったなぁ。……でもきっと、本当は優しい人なんだろうな。
私はあのエメラルド色の瞳を思い出しながらぼんやりとする。
すると目の前にミルの顔が迫ってきたので後ずさった。
「ミル!? なに!?」
「言っておきますけど、恋人はまず私に紹介してからじゃないと認めませんからね!」
「え、あ、ち、違う! 彼はそういうのじゃないから! っていうかアンタは私のお母さんか!」
「お母さんも同然です!! ハルさん男見る目ないんですから!!」
ルーク、かぁ。シュトラールで会えたらいいな、なんて。
しかしそう思うのもつかの間、そのすぐ後に始まったミルの地獄レッスンのせいで、そんなことは頭から吹き飛んだのだった……。
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