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夜中に現れたのは
その日の夜。
なんとなく眠れず、私を抱き枕にするミルからすり抜けてハンモックを出た。
今日のご飯は樹人さんが狩ってくれたシカの角を持つウサギ──ジャッカロープの丸焼き。
とても美味しいんだけど、私には量が多くてお腹が痛い。
ミルのヤツ、「お残し厳禁です!」って無理矢理でも食べさせてくるんだから……。
私は身体を清めた湖の水辺を沿って歩く。この森は小さな湖が点在しているようで随分助かる。
月から伸びる光の帯が湖に突き刺さっていてとても綺麗だった。
「……私が、魔王を倒す、か」
あの、こわーい骸骨の化け物を?
ミルは私なら出来ると言っているけど、何を根拠に?
聖女のパワーは本当に凄いけど、それで魔王に本当に勝てるのかな?
月をぼんやりと眺めながら、息を吐く。
考えてもキリがないっていうのは分かっているんだけどね。
「──月が綺麗だな」
「っ!!?」
突然響く少女の声に私は飛び跳ねた。
ミルの声じゃない!
──だとすれば、誰!?
心臓が高鳴るのを感じながら、振り向く。
そこにいたのは──瞳に薄暗い闇を宿した私と同じ黒髪の少女。
「……警戒しないでいい。私は怪しい者じゃない」
「い、いや、思いっきり怪しいと思う」
ぶかぶかの黒いフードマントを身につけてるし、なんか妙に身体から闇が漂っているし。
私のツッコミに少女は不満そうに眉を顰める。
「……失礼な人」
「な、なんかごめん。えっと、貴女の名前は? この森に棲んでるの?」
「ミナト。住んでいるところは……教えない。言っても信じないだろうから」
「み、ミナトね。よろしく……?」
とりあえず悪意はないようなので、身体の力を抜いた。
ミナトは一歩一歩私に近づいてくる。
「私は、貴女に会いにきた」
「私に?」
「うん。……貴女に、興味があるから」
え? なんで近づいてくるのこの子!?
ミナトはどんどんこっちへ歩いてきて──私を見上げる。
大きな瞳に私の顔が映っていた。
「えっと? ミナトはなんでに興味があるの?」
「私はハルがいる所にいる。私達は一心同体も同然だから」
「はぁ!!?」
どういう意味?
そう尋ねたが、ミナトは答えを教えてくれるつもりはないらしい。
「まだそれを教えるには早い。でも、とにかく私は貴女に興味がある」
「へ、へぇ……?」
ミナトが私の全身をまじまじと観察する。
ちょっと恥ずかしい。
「ミナトはどうして今、私の前に現れたの?」
「……ん。貴女に会ってみたかった。ずっと貴女のこと、水晶を通して見ていた」
「水晶?! え、ちょっと待って、もしかしてスライムで服溶かされているところも!?」
ミナトは頷いた。
「それだけじゃない。湖で身を清めている時も、ずっと見ていた。だから別に恥ずかしくないでしょ?」
「いや、いやいやいや恥ずかしいよ!? 何見てるの!? えっち!!」
この子一体なんなの!?
私はミナトに恐怖を覚えて一歩後ずさる。
ミナトはしゅんと落ち込んだのか俯いた。
「……悪かった。貴女が裸体になる時は見ないようにする。だから怖がらないで」
「いや、裸体じゃなくても見られたくないんだけど……ああもう、なんで泣きそうになるの!? 分かった、分かったから……もう」
私はミナトの頭を撫でて宥める。
ミナトは私よりも背が少し小さい。ちょっと可愛いな。
「ハル、私と友達になってくれないか。私はずっとそれを言いたくて、今日ここに現れた」
「! 友達……」
自然に顔に力が入る。
エリザの顔が思い浮かんだのだ。
しかしミナトが再度泣きそうな顔をしたので、私は慌てて頷く。
「分かった! 私達は友達! OK?」
「! うん。分かった。友達だな」
ミナトは口元だけほのかに緩めた。
どうやら喜んでくれているようだ。
変な子だけど、悪い子ではないみたい。
しかしここで、ミナトが森の中へ足を向ける。
「み、ミナト? どこに」
「残念、時間切れ。またいつか会いに来るから。じゃあね、ハル」
「は、はぁ?」
ミナトはすぅっと、煙のように消えていった。
私は顔から血の気が引いていくのが分かった。
「え? え? 消えた? も、もももももしかして、幽霊……?」
私はそれに気づいた瞬間、「まさかね」と自分に必死に言い聞かせて、その日は眠る事にした。
この日だけは、ミルが一緒に寝てくれてよかったと思う。
「……というか、私あの子に名前教えたっけな……?」
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