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ギルドに行こう
シュトラール王国に来て、一週間が経った。
昼は森でミルの特訓、夜はエマさんとマリアさんの宿のお手伝いをしながら休むの繰り返しの日々。
エマさんもマリアさんも凄くいい人で、特訓する私の事を気遣ってくれてご飯まで用意してくれる。
「──えぇ、じゃあマリアさんは転職者なんですか!?」
「そう! 姉貴は凄いんだぜ! 元の職を極めた上で限りなく可能性の低い転職の儀式も乗り切ったんだ! でも姉貴が転職するって言い出した時は俺も泣いちまったなぁ……なんせ死ぬかもしれないんだから」
「ちょっとエマ。私を過剰にほめ過ぎよ。私は夢を追いたかっただけ」
「マリアさんの前の職業はなんだったんですか?」
マリアさんは朝ご飯のスープをテーブルに並べるとにっこり微笑んだ。
「“死霊使い”よ。私は死霊より生物と触れ合いたかったの。死霊は僕にしかならないけど、生物はお友達になれるから……生き返らせたい人もいなかったしね」
「……職業に縛られなかったんですね、マリアさんは……」
マリアさんの生き方は私にとって新鮮だった。
私も、私の村でも、その職業に合った生き方しか許されないと思い込んでいたからだ。
転職しなくたって、自分の心次第では……。
私は胸を押さえた。
その後朝寝坊したミルを引きずって、私は宿を出る。
「ハルさん? 今日は随分やる気に溢れてますね。どうかしましたか?」
「うーん、ちょっとね。今日は何をするの? ミル」
「そうですね。職業レベルも10に上がりましたし、そろそろゲイザーも卒業しましょう。効率悪いですし」
「? と、いうことは?」
「クエストです! クエストをこなしながら魔物を倒していきます。お金を稼げて経験値も上がる……まさに一石二鳥の特訓なのです!」
というわけで、私とミルが向かった先はこのシュトラール王国の軍事都市バルトのギルド。
ギルドっていうのは一緒に冒険する仲間を募ったり、魔物討伐や鉱物収集のクエストの仲介を担っている場所なんだとか。
私の村には勿論そんなものはなかったので正直楽しみ……に、していたんだけど。
「ミル……? なんか、その……見られてない?」
ギルドに入った瞬間、騒がしかったそこが急に静かになった。
体格のいい男の人や獣人が沢山いて、なんとなく気まずい。
というかなんで皆こっちを見てるの……。
しかしミルは平然としていた。
カウンターの向こう側に立っている男の人に陽気に話しかける。おそらくここの管理者だろう。
「へいマスター! 初めまして。今日はどんなクエストが募集されているのか知りたくてきましたわ」
「……その前に、アンタらの職業は?」
私の身体がビクリと揺れる。
ああ駄目だ駄目だ、心だけでも前を向いておかないと。
一応私、傍から見たら無職だけど……大丈夫、いっぱい特訓したでしょハル。私は聖女なんだから。
「あら? 普通はそんなこと聞きませんわよね? もしかして遠回しに私達にこなせるクエストなんかないって言ってます?」
「あぁ。その通りだ。俺は〝鑑定士〟。見ただけでそいつの職業が分かる。お前はそもそも見えないからおそらく人間じゃねぇし、そこの嬢ちゃんは無職だろう」
「!」
途端に建物中にどっと笑い声が溢れた。
──馬鹿にされている。
脳内で、戴書式の時の無職コールが流れる。
唇を噛みしめた。
俯こうとすると、ミルが私の背中を強く叩く。
「ミル?」
「顔を上げなさい。貴女に恥ずべきことなど何もないでしょう」
「! ……はい」
私はぐっと前を見た。
「私は確かに無職です。でももっと強くなりたいんです。お願いしますマスター。私にクエストを!」
「! じ、嬢ちゃん、今……」
マスターは目を擦って、私を二度見する。
そして困惑したように私とミルを交互に見るとため息を吐いた。
「今日受け持っているクエストはこれらだ。好きなヤツを選べ。ただし他のヤツも受けているから早い者勝ちだぞ」
「! ありがとうございます!」
私は深く頭を下げる。
そしてワクワクしながらミルと選んだクエストは──。
***
ハルとミルが意気揚々と依頼書を握りしめてギルドを出た後、その場にいた男達の大半は無職であるハルを未だに笑っていた。
しかしその中の三人は違った。
「…………、」
一人は、馬鹿にされながらも真っ直ぐ突き進む意思を見せたハルに心の中で何かが芽生えていた。
「──へぇ、ほんとに来たのか」
一人は、ついこの間知り合ったばかりの少女に口角を上げる盗賊の青年。
そして、あと一人は──。
「!!? ハルのやつ、なんでここに……!!」
「おい、レンヤ? どうした? 顔色悪ぃぞ?」
「い、いえ……なんでもないっす……」
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