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明日は戴書式
この世には「職業」というものがある。
人間は産まれた瞬間から決まった職業を持っており、十六歳になるとそれが儀式によって開花する。
そしてその与えられた職業によって、人々は身につけるスキルや能力が変わってくるのだ。
例えば職業が『狩人』だと、『集中力上昇』、『弓の心得』、『視力強化』などが挙げられる。
ちなみにスキルのほとんどは経験値を積まないと身につける事が出来ない。
要はレベルが上がればスキルを自然に覚えていくって話。
与えられた職業を自分で変えることはほぼ不可能。
転職の儀式はあるものの、それはその人の身体そのものを作り直すことも同然であるが故に大半が失敗して死んでしまうらしい。
つまり、職業によってその人の人生もほぼ決まってしまうというわけだ。
──で、人々はどうやって自分に与えられた職業を知るのか。
与えられた職業は「人生書」というものに書いてある。
職業は儀式によって十六歳で開花すると言った。
人生書も同じだ。
十六歳になった少年少女達は自分が住んでいる地域に配置されている神官様によって人生書が贈られる。
人生書は自分がどんな職業で、今レベルはどれくらいで、身につけたスキルはどんなものか教えてくれる相棒のようなものだという。
──とまぁ、色々説明してきたけれど、次に私の話をしよう。
私はハル。今目の前に広がっているド田舎の村の一住民である。
両親はいない。私は小さい頃に捨てられたらしい。
そこで私の父の親友であるルシムさんが私を引き取ってくれたのだ。
ルシムさん一家には本当によくしてもらっているので感謝している。
あと、私には大きな夢がある。
それはこの村を出て、世界中を旅する事。
そのためにも、明日に控えている「戴書式」は私にとって人生最大の山場と言える。
ちなみに戴書式っていうのは人生書を神官様から与えられる儀式の事を指す。
……たまにだけど、このド田舎にも職業が冒険家の人がやってくる。
その度に頼み込んでその人達の人生書を見せてもらうが、大体がボロボロで中身はぎっちり内容が書かれていて──。
憧れているんだ。正直。
私も「戦士」とか「冒険家」とか強い職業をもらって早く村を出たい。
海を越えてみたい、見たことない生物を見てみたい、未知の場所を冒険したい!
あぁ、想像するだけで胸が昂ってしまう。
──けれど、勿論現実は甘くない。
「──ぃ、おい、ハル!!!」
「っうわ!」
お気に入りの木の幹に寄りかかってぼんやりとしていると、突然身体を揺さぶられた。
私はなんだなんだと顔を上げると、私を見下ろしてにんまりと気味の悪い笑みを浮かべる幼馴染のレンヤがいた。
レンヤはルシムさんの一人息子で昔から何かと私にちょっかいをかけてくる。
まぁ家に住まわせてもらっているし、私は彼に逆らうことはできないのだけど。
「ハルのくせに俺を無視するなっての」
「……ごめんなさい。ぼぅっとしてたよ」
「ふん、まぁいいさ。今日の俺は気分がいいしな」
少し傲慢に見える態度だが、このレンヤも小さい頃はとっても可愛かったのだ。
特に『お前は俺の嫁になるんだからな! 絶対だからな! 忘れるなよな!』とハート型の石をくれて頬にキスをしてきた時とか。
それなのに今ではすっかりこーんな生意気ボーイになってしまった。
……でも私も私でその時にもらった石を今でも大事に持っていたりするんだけどね。
彼は自尊心がすこぶる高い不器用者だが、根はそんなに悪い人間でないことは理解しているつもりだ。
「なぁハル。お前、明日の戴書式来るのか?」
「? 当たり前じゃん」
「幼馴染のよしみで忠告しといてやるよ。行かない方がお前の為だ」
「……どうして?」
レンヤは得意げに胸を張った。
「なぜって、俺がいるからに決まってんだろ! 俺の職業はぜってー『戦士』! あとエリザだってそこそこいい職業もらえるはず。問題はお前だよハル。親もいねぇ、これといった特技もねぇお前がまともな職業もらえるわけねーだろ!」
「そ、そんなの、分からないでしょ!」
「はは。お前、まさかまだ冒険家になるぅ~なんて夢持っているのか? お前が? やめとけ、どうせお前にゃ無理だ。だってお前女じゃん!」
「っ!」
私はカッとなってしまい、レンヤを睨む。
レンヤはそんな私に一歩後ずさんだ。
「な、なんだよ。なに怒ってんだよ」
「別に。怒ってない」
「怒ってんだろ。……この際言わせてもらうけどよ、お前って女っ気ないとこどうにかしろよな。エリザみたいに女らしくしてりゃいいのにいつまでも現実見ないで冒険冒険~って、」
「あーあーあー、きーこーえーなーいー! 私は私ですー!!」
「……あっそ。けっ、可愛くねぇ女!」
「可愛くなくて結構!」
そう言って舌を出してみせるとレンヤが頭をがしがし掻いて舌打ちをする。
するとそこで恐る恐る天使のような銀髪が木の幹から現れた。
──村のマドンナ、エリザの登場だ。
「ふ、二人とも! おばさんがお昼ご飯だって言ってたよ。……何を話していたの?」
そう首をこてんと傾げるエリザは女の私から見ても可愛かった。
気付けば触れてしまいそうになる柔肌に、ほんのりピンクが滲んだ唇、子犬のように顔を覗きこんでくる大きな瞳、アクセサリーみたいなお鼻……。
「この分からず屋女が可愛くねぇって話だよ。エリザからもなんか言ってくれ。ハルのやつ、未だに冒険家になりたいんだってよ」
「! それって凄く素敵! 私は応援するよハル! 冒険家の女の子なんてとってもカッコいいわ!」
エリザの顔が光魔法を疑うほど輝く。
私は嬉しくなってついエリザを抱きしめた。
「ありがとうエリザ! やっぱりエリザだけだよ分かってくれるのは~!」
「もう、ハルったら。苦しいよ。それに私達親友じゃない! 親友を応援するのは当たり前のことだよ」
「ちぇっ。甘やかすなよエリザ。いいかハル、お前は明日の戴書式で現実見る破目になるんだ。俺は優しさから言ってやっているんだからな」
私はしつこいレンヤにもう一度舌を出してやった。
──神様。もし本当にいるなら私を『戦士』か『冒険家』にしてください。
最悪それじゃなくてもいい。レンヤを黙らせることの出来る職業なら、もうなんでもいいから……。
私はランチのパンを齧りながら、明日の戴書式に想いを馳せる。
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