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突き落とされる、
「──こんな事言うのは心苦しいんだけど、村を出て行ってくれないかハル」
さっきまで浮ついた心がガツンとドラゴンに踏みつぶされたような気分だった。
思わず「はい?」と生意気な態度を取ってしまう。
でも仕方ないと思う。いきなり出ていけと言われて動揺しない人間なんかいないだろう。
声が裏返りそうだ。
「ど、どういうことですか……ルシムさん」
「僕だって本当にこんな事言いたくないんだけどね。しかし分かってくれハル。君は僕達家族を支えてきてくれたが……その……村長が言うには【無職】っていうのは……戴書式前の子供達に感染するらしいんだ。妻のお腹の中にもレンヤの弟がいるし、正直村の皆、君を怖がっている」
「…………」
唇を噛みしめた。
そんな、感染症みたいに……。
傷つくのと同時に私は思い知る。この十数年、彼らと一緒にいたが──私達は所詮、“他人”なのだと。
ここまでくると、逆に冷静になれた……。
私、笑えているかな。
しかしルシムさんは今出来た私の心の傷にさらに塩を塗りたくる。
「あと一つ。君とレンヤの関係なんだが」
嫌な予感がした。
「君とレンヤが仲がいいのは知っている。その、君もレンヤも年頃だ。そういうことになったこともあるだろう?」
「……言っている意味が分かりませんルシムさん」
「そうかい。ならいいが。まぁとにかくだ。先日の戴書式でレンヤは『戦士』になった。『弓使い』の僕と『村人』のアンの息子が『戦士』! 僕達以上の職業を授けられたレンヤは本当に誇らしいよ。大出世だ。だが──」
ルシムさんは意味ありげに私を見る。
──あぁ、そういうこと。
私はもはや愛想笑いも出来なくなった。
つまり彼が言いたいのは──せっかく授かった『戦士』の遺伝子を汚すな無職ってことだ。
レンヤに近づくなと言っているのだ。
ということはレンヤとシュトラールに行くという選択肢も潰された。
私は独りで村を出ていくことしか出来ない。
「──はい、分かりました。レンヤにはもう近づきません。私も、明日この村を出ていきます」
「! え、いやその、別にそんなに急がなくても……君に持たせるお金も用意しないとだし、」
「いえ。分かっています。いいんです」
そうだ、今まで十六年お世話になったんだ。彼がいなければ赤ん坊の私は既に死んでいた。
……ルシムさんに拾われてなかったら、レンヤにもエリザにも会えなかった。
十分なんだ。もう、それで十分だ。
村の周りは森に囲まれているし、魔物だって勿論いる。
そしてルシムさんが無職の私を村から生身で追い出すということは──まぁそういうことだ。
お金なんか、魔物相手には役に立たない。
ルシムさんはその太い眉を下げた。
「……すまないね」
「いえ、ここまで育てていただいたのはあなたがいたからなんです。……今まで本当にお世話になりました。……本、当に……。……っ、」
私は必死に涙を堪えて、家を飛び出す。
途中ですれ違った村人達の視線が怖かった。
あぁ、あんな怖い顔で、彼らは私を見ていたのか……。
あんなに優しかった村長も、神官様も……あぁ、あぁ、あぁ……。
私の足は自然にあの双子の木に向かっていた。
辺りは暗くなってしまいそうだけれど、二人とすれ違わなかったし、あの二人ならまだあそこにいるだろうと思ったからだ。
二人にお別れを言おう。
「どこかの国に就職することになったから」とでも適当に嘘をついて微笑むだけだ。
「実はお父さんが生きていて~」っていうのもいいかもしれない。
──嘘でしょハル。
分かってるの。自分に嘘ついてるってことくらい。
私は──二人にこの事を相談して、どうにかしようとしているのだ。
勿論夢は村を出て世界を旅する事だけど、こんな形で二人と別れたくないから──。
なんて見苦しい人間なんだろうか、私。
そう思いながらも、足は欲望に忠実で。
双子の木が見えると、足音を気にしながらこっそりと近寄った。
二人の話し声が聞こえる! よかった、まだ二人はいる!
そして木からこっそり顔を覗かせれば──。
「っ……ん、」
「あ、ん……」
──レンヤとエリザは──キスをしていた──。
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