私の職業、「無職」。

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私の職業、「無職」。

──翌日。  ついに待ちに待った「戴書式」。  村人のほとんどが教会へと足を運んだ。騒がしい村民達を神官様が落ち着かせている。  見慣れない風貌の人達もいた。高価そうな鎧に身を包む二人の筋肉質な男の人だ。  いつもならこんなド田舎にそんな人達がいる事を不思議に思う私だけれど、今は違う。  緊張でそれどころではないのだ。 「ハル、リラックスね」 「う、うん。ありがとうエリザ」  そう呟いて、そっぽを向いた。  心臓が昂る。    いよいよ──夢を叶える為の一歩を踏み出す時だ! 「えー、では。戴書式を始めます」  神官様がつらつらと神様へのご挨拶だとかなんだとか話した後に、三冊の分厚い本を取り出した。  私、エリザ、レンヤが目を見張らせる。  あれが──私達の“人生書(ファートム)”……!! 「ではまず──」 「俺からだ」  レンヤが私を意味ありげに一瞥する。  神官様はわざとらしく咳をすると「いいでしょう」と呆れていた。 「では、レンヤから。立ちなさい」 「はい!」  ごくり、と息を呑む。    神官様が人生の書をレンヤに手渡す。  レンヤが不敵に口角を上げ、躊躇なくそのページを捲り──。 【記録、確認。主を認識】  人生の書から文字が宙に浮かび上がり、少し離れている私達にもそれは読めた。 【我が主の職業、確認。決定】  ど、どうなる………!!? 【──戦士】  その瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こる。  レンヤも大袈裟にガッツポーズをしていた。  鎧の男達がひそひそ何かを話し始める。  ……嘘、本当に戦士!?   幼馴染として鼻が高いけど、今日から彼の自慢話に付き合わせられるのは勘弁だ……。  そしてエリザの職業も決まった。  彼女は【踊り子】らしい。これには村人全員が頷いた。  エリザの美貌だ。相当美しい踊りが期待できるだろうし、彼女の美しさがさらに輝くのは楽しみだ。 「ハル! 次ハルだよ!!」 「え、あ……」  やっと我に返って周りを見れば、全員が私を見ていた。  黙らないでよ、沈黙が痛い。  私は歯を食いしばり、立ち上がる。 「…………、」  神様、お願いします。  一発逆転。私も「戦士」にして!  そしたら誰よりも一生懸命特訓して、いつかレンヤを越えてやる!  可愛くなくても、世界中を冒険できるくらいの強さが手に入るのなら……!  私は震える指で人生の書を受け取り、そのページを捲った。 【記録、確認。主を認識】 【我が主の職業、確認。決定】   ──お願いっ!  私は恐る恐る目を開けた。  そこに浮かんであったのは──。 【     】  ──何も、なかった。  神官様がポカンと間抜け面で私を見ている。  村人達がヒソヒソと小声で話し始めた。 「ど、どういう事だ……」 「ハルには、職業がない……?」 「え? じゃあ、ハルは──」  するとその時、レンヤのつんざくような笑い声が木魂する。 「あっははははは! ハル、笑わせるのも大概にしろよ!! 無職って!! 無職って、お前ーっ!!」  腹を抱えて転げまわるレンヤに私は何も言えなかった。  ページを何頁捲っても文字が浮かんでこない。  頭が、真っ白だ。  私は──存在する価値すら、ないっていうの……? 「むーしょーく! むーしょーく!」  レンヤの取り巻きの子供達が私を取り囲んでありがたくもないコールを送ってくる。  周りの村人達は笑う人、憐れむ人様々だった。 「……っ、」  ……泣くな。こんな人前で泣くなんて情けない! 「は、ハル……」  エリザの手を払って、私は走り出す。    ──私の夢が、完全に潰えた瞬間だった。
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