僕は異世界詐欺に騙されています

3/8
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 ありふれた高校から、ありふれた自転車に乗って、ありふれた高校生の僕が、ありふれたアパートに帰ってくると、見計らったかのように、彼女は今日もインターホンを鳴らす。 「ねぇ! かんがえてきたよ! チョーなんもん!」  ご苦労なことだ。人生に「問題」が生じれば、誰だって憂慮するだろう。僕はそういう意味で、「問題」と言ったつもりなのだが、彼女は算数の問題か何かの意味にとっているのだ。そしてそんな誤解をしたまま、昨日の今日でやってきたということは、「チョー難問」とやらも大方お察しである。  彼女は、八重歯を出して、にまにま、笑みをこらえられないでいる。 「じゃあいくよー! えーと、どれどれ……。  人間の経験は一回きりである。そして人間は、記憶を蓄積し、成長する生き物である。一年後のユータが異世界へ行くのと、今のユータが異世界へ行くのとでは全然同じ経験内容……ケーケンナイヨー? ではない。今のユータが異世界へ行ける、この一回きりの機会をみすみす逃していいのか? 今のユータにしかないかんうけせい……感受性? わからぁん。とにかく、それを無駄にして、普通の高校生活を送り続けるままでいいのかぁ? 本当にこの機会を逃し、ユータの貴重な時間、若い時間をこの現実世界でローヒするだけでいいのか?   ……※ここで、一回考えさせる間を開け、相手が本気で悩んでいるなと判断した場合、次の言葉を言うべし。『ユータ、どうして異世界へ行かないの?』。」 「さっきから、俯いて紙読んでるけどどうしたんだ?」 「んえっ⁉ あっ!」  彼女は慌てて、手に持っていたメモ書きをくしゃくしゃに丸め、掌に収めた。 「そんな難しい文章、誰に書いてもらったんだ?」 「え、えーとねぇ、これは、おなじエーギョーの人」 「営業ってなんだ……?」 「あっ間違えた! 異世界にいる人にたのんだの!」  空々しい。前々から疑念は抱いていたが、やはり新しい詐欺か何かなんだろうか。しかし最初から死を要求してくる詐欺なんて、聞いたこともないし、第一、それでは何の利益も上がりそうにないが。もしかして、死ぬために必要な薬を、バカ高い金で買わせて金を取ろうという魂胆か。死ねる薬とか言いながら、ただの睡眠薬みたいな。ありえる。でもあまり効率がいいとは思えないが……。 「じゃあ、あがるね」  と言って、営業の人は家に入ってきた。これも日課になってしまって、抵抗感は薄れているが、こんな得体のしれない宇宙人を家に上げるのは我ながら尋常のことではない。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!