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「そう言えば、自転車で会社通ってるって言ってたもんね」
太賀くんは、隣で自転車を押しながら私に合わせて一緒に歩いてくれている。
「おう、社会人なるとどうしても運動しなくなるからさ、せめて通勤のときくらい頑張ろうと思って」
「ねぇ、ご飯はいつもどうしてるの?」
「うーん、コンビニが多いかな。自炊はしてない」
と言って自嘲気味に笑う。
「まぁ、そうだよね。やっと仕事終えて帰って、そっからご飯作る気なんかしないよね」
一人暮らしをしたことがないからわからないけど、おそらく自分も自炊はできないだろうと思う。
「つかぬことを聞くけど、太賀くんて彼女いるの?」
「へ…? すっごいつかぬことだな。なに急に? いるけどさ…!」
急に恋人の話をふられ、太賀くんは少し動揺している様子だ。
「へ〜、いるんだね」
「まぁ…遠距離で、仕事の休みも中々合わないから全然会ってないけど。それでももう3年だし、それなりに上手くいってる方だとは思う」
太賀くんはやや照れながら彼女のことを話した。
「3年か、長いね…。何か、いいなー。太賀くん悩みなさそうで」
「おいおい、失礼だなー。俺だって悩みの1つや2つくらい」
「例えば?」
「えーっと…」
と太賀くんはしばらく考えこんでいたが、答えが続かない。
「ないんじゃん!…悩みがないのが悩みとか?」
笑って言う私に、太賀くんは悔しそうに顔を歪める。
「…坂下って、そんな意地悪な奴だっけ?俺が知ってる坂下はもっと優しくて純粋で…」
「…さぁ、どうだったかなぁ? もう卒業してから8年も経ってるから忘れちゃった。私も成長してるってことかなぁ?」
「それは悪い成長だね、間違いなく」
大真面目な顔で言う太賀くんに、私は蹴りを入れてやった。
「いった!…蹴るかな、普通」
「じゃあ、家ついたから。またね!」
私は、逃げるように玄関まで小走りに駆けた。
振り向くと太賀くんはまだ悔しそうな顔をしている。
「…なんか今日俺、やられっぱなしだな」
「…そう? でも、私は楽しかったよ! 久しぶりにちゃんと人と会話した気がする」
「そっか…。まぁ、坂下の気分が少しでも晴れたなら良かったよ!」
いい人だなぁ、太賀くんは…。
私はそう思いながら玄関の扉を開けた。
「またね」
「おぅ、また」
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