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再会の夜
家から歩いて10分ほどの場所にある居酒屋「ふじ鳥」の店内に入るとカウンター席に絵見がいた。
「あ、まひる。お先」
と言って、飲んでいた日本酒グラスを持ち上げる。
「なんか相変わらずおじさんみたい」
と笑ってからかうと、
「はー? おじさんはやめてよ。どうせまひるのことだから、今頃落ち込んで泣いちゃったりとかしてるんだろうなぁと思って、声かけてやったのに。」
と図星を突いてきた。
何も返せずにいると、空気を察したのか店主のおじさんが
「とりあえず座んなよ。まひるちゃん、飲み物何にする?」
と聞いてくれた。
「あ、じゃあとりあえずビールで」
席に着いて早々に、
「ちゃんとお別れできた?」
と聞いてくる絵見。
「お別れって大袈裟な。別にわたるお兄ちゃんとは、一生会わないわけじゃないんだから」
「そうじゃなくて、あんたの十数年の恋心とはさよならできたのかって聞いてんの」
と肩に手を置いてくる。
なんだかもう酔っ払ってるみたい。
「…そんな、簡単じゃないよ。だって、16年も想い続けたんだよ。そんなすっぱりお別れできるわけないじゃん」
と言い切り、おじさんが注いでくれたビールを一気に飲み干した。
「おじさん、おかわり!」
「いい飲みっぷりだねー、まひるちゃん」
常連の絵見と度々この店に訪れることから、おじさんとはすっかり顔馴染みになっている。
「ちょっとー、ヤケ酒? まあ今日くらいいいけどね。いっぱい飲みな! 飲んで忘れなよ、わたるなんて綺麗さっぱり。潰れたら介抱してあげるからさ」
隣で絵見が煽ってくる。
「やっぱ…、シャワー浴びた後のビールは、最高…だね!」
「ーーちょっと、まひる。泣いてるの?」
親友に会った安堵からか、今までこらえていた涙が溢れ、震え声になる。
「もーー…ほんとに辛かった!あんなラブラブなとこ見せつけるなんて…酷すぎる…。わたるお兄ちゃんのばかーー」
涙が次から次へと溢れて止まらなかった。
嗚咽し始めた私を絵見が優しく抱きしめてくれる。
「よしよし、よく頑張った。」
幸いなことに今日は私たち以外に客はいない。
「まひるちゃん、何かよく分かんないけどこれ食って元気出しな!おじさんからの特別サービス」
と言って、おじさんが刺身の5点盛りを出してくれた。
「…いいの?」
涙をぬぐいながらおじさんを見る。
「いいよいいよ、今日は好きなだけ食ってって!」
悲しい時って何でこんなに人の優しさが沁みるのか。
「…ありがとう」
そしてどんなに悲しくてもお腹は空く。
「いただきます」
と言って、刺身の中で1番好きなサーモンを口に運んだ。
「美味しいかい?」
「…涙でしょっぱい、、けど美味しい」
2人には呆れて笑われたけど、私はお構いなしに刺身を次々と頬張った。
「ね、まひる。このタイミングでちょっと言いづらいんだけど、今日もう1人呼んでるの」
「へっ?聞いてない、誰?」
私は反射的に箸を置き、涙をぬぐった。
「高校の時同じクラスだった…」
絵見が言いかけたところで店の引き戸が開いた。
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