いずれ赤紙

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「だいたい、マトモじゃない指示にマトモに従う奴がおかしいんだよ」。 高校を卒業して地元のホームセンターに勤める白井は、このところの会社の大きな動きに違和感を覚えていた。特に華やかでもない職場だったが、堅実な白井は、この職場の雰囲気を気に入っていた。しかし、このところ様子が違う。白井の上司、町村英雄は、「事業拡大」を期に、40代の若さで一気に専務に昇進することになった。やはり何かただ事では無いように思われた。 ホームセンターカネモトは、この地域の郊外に12店舗を展開する地元の優良企業である。また、グループ会社のゴールド不動産は、地元では名の知れた不動産会社であった。しかし、バブル期以降、ゴールド不動産の社員は、「地元の一流企業の正社員」と自意識過剰気味で、実際に優秀な人材が多いものの、コスト高で赤字続きであった。 カネモトグループは、戦後の闇市で財を成した創業者の金本勇夫が、木材卸から始めた企業であった。二代目の勇一の代になると、朝鮮人である、被差別部落の出身であるなどの噂が流れた。初代は気にする必要はないとしたが、二代目は、それでイメージが悪くなる可能性があるのなら払拭した方が良いとし、洗練されたエリートのイメージを定着させようと、バラ撒きで味方を増やすことに終始した。勇一の経営があまりに酷いので、創業者の勇夫は、設立時の腹心の部下の次男である町村をホームセンターの建材部門から引っ張ってきて、グループの専務に昇進させ、実質的な経営者に育て上げようとしていた。英雄は、建設業者などの現場との仕事が多く、叩き上げの勇夫に特に目をかけられて教育を受けたこともあり、パワハラやセクハラと言われそうなことにも抵抗が無く、モラルを疑問視する声も多かったが、一方でコストや納期には厳しく、テキパキとした仕事ぶりで、客先と大部分の部下の間で信頼は厚かった。一方で勇一は、自身も高学歴で、バブル期に多くの高学歴社員を囲っていて、英雄とは折り合いが悪く、英雄派のホームセンターと勇一派の不動産は、分裂の危機にあった。
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