いずれ赤紙

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勇一は、工業団地がある程度埋まってからニュータウン建設に着手するつもりでいた。しかし英雄は、ニュータウンを整備して企業誘致の呼び水にすることを考えた。英雄には、先代から引き継いだ木材卸の仕事と、長年守ってきた工務店とのコネクションがあった。ホームセンターの従業員にも、マイホームを持つことを夢見ている者は多かった。英雄に迷いは無かった。 ニュータウンの名前は、先代の独断で決められた。「桜の丘」ニュータウン。 「雑木林に見事な桜の木があってね。同期の桜が俺に幸運をもたらしてくれるだろう」。 白井は苦笑した。「入居者がサクラのニュータウン……」。 しかし問題があった。旧陸軍から払い下げられた土地には、昔から不発弾残留の噂があった。先代は問題ないと言い張ったが、地元の人間なら雑木林を宅地として購入することは、まず考えないだろう。しかし、正社員として身分を保証された従業員達は、「忖度」くらいは知っているはずだ。桜の丘ニュータウン建設は、言うまでもなく社運を賭けた一大事業であった。英雄は、かつて無いほど桜の丘プロジェクトに熱を入れて取り組み、グループ全従業員に協力を求めた。課長クラス以上については、事実上の強制に等しく、実家の土地を手放さざるを得なくなる者もあったが、長年勤めた会社の命運を賭けたプロジェクトに協力しないという訳にはいかなかった。 英雄はこの頃から、頻繁に飲み会を開くようになった。狙いは若手社員のカップリングである。また、地元飲食店へのバラ撒きも兼ねていた。 ホームセンターでは「事業拡大」としてパート従業員の募集をかけた。ホームセンターの仕事量は、実際のところは以前と変わりなかった。狙いは当然桜の丘の入居者獲得。犬猿の仲だった英雄と勇一も、このときばかりは協力した。採用時に見るのは、資産状況だった。 「あの娘は経費で落とせ」。 英雄は、この女子大生と社員をくっ付けようと躍起になっていた。 アルバイトは初めてだという女子大生の実家は、駐車場のオーナーだった。 「あんな子供がハイブランドのバッグをアルバイト先に持ってくるなんて。飲み屋じゃあるまいし」。 勤続16年の白井だったが、忘年会が高級ホテルだったのは、これが初めてだった。 女子大生の妊娠騒動は、その数週間後のことだった。両親は激怒したが、結婚することでどうにか決着した。 ゴールド不動産は、グループのパート従業員の親族に宅地買い取りのプロモーションを仕掛けた。 一部の従業員は気づき始めていた。英雄のデスクにこれ見よがしに積まれた領収書。これが桜の丘への赤紙に変わるのだと。
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