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「ホモ!?」
人でごった返す雷門の往来が一瞬足を止めた。
「そうよ。生まれてこのかた男一本」
「もしかして、引退したのも」
「キリスト教ではホモは死ぬべき存在だからね、ブラジル人選手に殺されちまうかもって息を殺すのがめんどくなったの」
人生で最も気合を入れておしゃれした自分が憐れに思えてきた。
「ま、浅草観光でもしようや」
雷門の前には数多くの雷おこしの店があり、実演販売もしているので香ばしい匂いが漂っていた。煎ってふくらんだもち米をおこし種といい、名を興すのおこすとかけた素朴な菓子は江戸時代から浅草土産として親しまれている。おこし種を広げて延ばし、冷えたところで丁寧に包丁を入れる。
できたての歯触りになまはげのようだった菅原の表情がゆるむ。
「昔はもっと堅かったよね」
下町育ちの大石の言葉に、スキンヘッドの店主が目を丸くする。
「飴を減らしたんですよ。子供やお年寄りでも食べやすいよう大きさも変えて。伝統を守りながら時代に合わせないと生き残れません」
主人が日焼けした顔で笑う。酸いも甘いも噛み分けた、いい表情だった。
「あんたらもそうよね。いつかはあんたもあたいもチームを去る、でもそれは終わりでもなんでもない。チームはずっと残ってく。女のスポーツが盛んな国はいい国だ、あたいはそう思ってる」
今女子サッカーは誰にも知られない存在だ。けど時が経てばそれらを伝説と呼んでくれる人が現れてくれるのかも知れない。
「そうだ。改源ハルカ、卒業したら葛飾クラブに来たいって言ってました」
「マジで?」
誰かと組んであんなに楽しかったことはない、ルーズソックスに履き替えながらそう言ってくれた
「祝杯よ、神谷バーで電気ブランいっとこ」
デートのはずがとんだ女子会になってしまったが、二つの傘が風神雷神のように一揃えになって、真っ赤な雷門を離れていった。
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