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この年の五月、福岡で女子のアジアカップが開かれる。そしてこの大会が十一月、中国で初めて開催される女子世界選手権、現在の女子ワールドカップの予餞も兼ねていた。男子代表がワールドカップに出るのが夢のまた夢だった時代、世界大会で日の丸を揚げるのは悲願だった。
この大会、二十歳の菅原が初めて選出された。
合宿は葛飾で行われた。練習場は葛飾クラブの庭、千住スタジアムである。
代表選手たちが続々集まってくる。リーグを代表する名手たちにいちいち頭を下げる菅原は面映ゆい表情でいた。
「あんまり気ぃ遣うな」
「カピタンさん」
葛飾クラブ、そして日本女子代表のキャプテン本多が口を開く。口数は多くないが、創成期の女子サッカーを牽引してきた人物の言葉には重みがある。
「あっちも干渉されたくないだろ」
どういう意味なのかはかりかねていた菅原の足に冷たいものが。代表チームにスタッフとして同行する大石がホースで撒いた水がかかったのだ。
「九州は早ければ五月末には梅雨に入る。雨中のピッチを想定してな」
本多の言葉の意味するところが、やがて菅原にもわかった。
二人のセンターバックはキーパーの増永と同じ浜松レディースの選手。普段センターバックをつとめている倉持は右サイドバックに入り、そのサイドは山日證券の選手で固められている。同じように左サイドには広瀬と神戸電工の選手。前線は本多や菅原ら葛飾クラブの面々が揃っていた。
このチームは鵺(ぬえ)である。頭は猿、手足は虎、尾が蛇で鶏の鳴き声を持つ妖怪のように別の個体が混じり合わずに群れをなす。短い合宿期間で連携を高めるのは不可能で、チームごとに選手を固定して役割を分担することで機能させるよりなかった。
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