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「あの人、不倫してるみたいなの」
久々に会った姉貴は思い詰めた表情だった。新婚の邪魔をしては悪いと思い、俺からは暫く連絡も何もしていなかった。
「相手は若い、女子大生ですって」
目だけで指された画像には、仲睦まじく貴金属店へ入っていく二人の姿があった。
血が失せた。相手の女というのが、あいつだったから。
「私には、婚約指輪も結婚指輪すらも、くれなかったのに…」
そう言ってさめざめと泣く姉貴を見る俺を、俺は観た。切り取った画面の向こうで劇が始まる。だから物言わぬ俺は、そんな姉貴を慰められない。何も出来ない。
俺たち姉弟を塗り潰す、赤い女。幾重にも、執拗に。そうやって赤を重ねられ、やがて俺たちは黒になる。漆黒の画面の端から撓垂れかかるようにしてそいつは、嗤っていた。
その晩だった。姉貴が手首を切ったのは。
血を浮かべた浴槽、白いシャツはそれを吸い上げ赤に染まっていた。足元に転がるのは目一杯にくり出されてボロボロになったルージュ。見覚えがあった。付き合った当初、姉貴が奴から貰ったものだ。姉貴には似合わない、アンナチュラルに真っ赤な色の。
鏡の文字は、叫び出しそうだった。
「…LONG GOOD BYE」
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