LONG GOOD BYE

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LONG GOOD BYE

 翌日、実況見分の為、俺は捜査員に伴われ再びあいつのアパートを訪れた。日の高い頃に行くのは初めてだ。パトカーの後部座席から見る景色が知らない町のようだった。  扉が開かれると「そこで結構です」と白い手袋に制止される。  無いのは「あいつ」だけだった。  靄は晴れ浴室は涼しかった。  以前話した事をなぞるように、脳の半分が答えていく。もう半分は沼に浸かったまま動かない。 「これも、事件まではなかったんですね」  鏡に走り書きされたルージュの文字を、 「はい…」  見て、 「……っ!」  覚えの無い二文字に、鏡の中の俺は両目を見開いた。  いつ、何故、誰が。  まさかあいつが死ぬ前に?でもそんなはずは無い。無いはずなんだ。  見落としたのか?一体何を?  思い出せ、思い出せ、思い出せ――。 「…お姉さんの、意識はまだ戻らないそうですね」 「…!」 「そのご主人…加西弘昌さんは、先程ご自宅へお送りしました」 「は!?」 「正しい死亡推定時刻が出たからです」 「…」 「浴室暖房を使用した形跡はすぐに発見できたのですが、そこから割り出すのに少し苦労しました。そうしたら、本当は亡くなったのは午前三時から四時の間だという事がわかりました」 「…」 「合わないんですよ、加西さんはその時間、職場にいるのを何人もの同僚が証明できます。あなた、朝になってここへ来たと言いましたが、最寄りの四ツ紅駅の複数ある防犯カメラにはあなたの姿はどこにも映っていませんでした。その代わり一つ隣の薬田駅、ここは無人駅ですが、その近辺の駐車場の防犯カメラが、あなたがスマホを操作しながらここへ向かって歩く姿を捉えています。時刻は午前零時二十二分。若い男性の徒歩速度でここまで七、八分程でしょうか。丁度その頃住人が階段を上る足音を聞いています」 「…」 「どうですか?あなたは既に夜中のうちに、ここを訪ねていたのでは、ないですか?」 「…」 「どうですか?」
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