<第三話~行方知れずの善意~>

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 ***  通されたのは、来客用の応接室である。素行の悪い生徒にお説教を行う教員指導室でないことにアシュリーは驚いた。悪いことをしたというわけではないが、あそこも個室と言えば個室だし、マチルダと会った西階段からはそちらの方が近かったからだ。  それに、この応接室は本当に“特別なお客様”相手にしか使われないと聞いている。自分なんかが入っていいのだろうか、いや自分も一応ご令嬢と呼ばれる立場ではあるけれど――とアシュリーがわたわたするのも自然なことではあっただろう。 「落ち着かない様子ですね」 「そ、そりゃあもう……」 「生徒指導室より、この部屋の方が壁が厚いんです。ドアの向こうに立たれても、話している声が聞かれる心配は殆どないのですよ」  言いながら彼女は、がちゃりと応接室の鍵を内側から閉めた。 「どうぞ、座ってくださいな。ふかふかですよ」  そして、真っ黒なソファーに座るように進められる。一目見て高級だと分かる布地だ。アシュリーの家にある家具と殆ど遜色はない。今更高級家具に怖気づくような身分でもないのだが、それでも此処が学校で先生の前ともなれば全然見え方が違うのも当然だろう。  思わずあたりをきょろきょろとしてしまう。壁に描かれているのは、有名画家の“ポデロ”だ。太陽の真珠――代表作だが、まさか本物なのだろうか。中央に真珠を称えた大輪の向日葵の絵画を、思わずまじまじと見つめてしまう。  ドアの脇には、まるで入る人間を見張るように真っ白な彫刻が掲げられている。槍を持った勇敢の騎士は、それぞれ逆の手に武器を携えてこちらを静かに見据えていた。色が無いから彫刻だと分かるが、そうでなければ本物の人間かと思うほどに精巧な作りだ。高価な品であることは言うまでもないだろう。 ――こんな部屋にわざわざ通してくれるなんて。……もしかして、私の疑問ってそんなにまずいものなの……?  段々と不安になってくる。が、ここまで来て“やっぱりやめます”とは言いづらい。アシュリーは覚悟を決めてふかふかソファーに腰掛けると、実は――と疑問に思ったことを、そしてジョシュアとの会話を殆どそのままマチルダに語った。  初等部の頃から世話になっている恩師でなければ。自分もこんなに無警戒に、ものを語るということはしなかっただろう。 「……なるほど、予想した通りでしたね」  マチルダは全く驚いた様子がない。静かにくるんと指を動かし、スペルを唱えた。  途端、目の前に現れる紅茶が入ったティーカップ。魔法とは、無から有を生み出すものではない。彼女は近くの自分の部屋から、己が入れる紅茶とお気に入りのカップを転送してきたのである。物体を転送する“アポート”の魔法を、指先で描くだけで軽々と使いこなす魔女は彼女くらいのものである。流石先生、と思いながら。せっかくなので、入れて貰った紅茶を頂戴することにする。  昔からの付き合いで知っているのだ。彼女がレモンティーを入れてくれる時は決まって、大切な話をしたい時。同時にそれが長話になることを知っている時だということを。
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