<第五話~勇者の歴史~>

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――それに。勇者が一人だけの理由も、結局わからないまま。先生が何を見てしまったのかも、見当がつかないまま……。  勇者の経験を持つ先生達ばかりが、揃って“もうひとりの勇者”を推薦した。しかもそれが、まるで闇そのものといったような性格と性質のジョシュアである。ならば、そこに必ず理由があるはずだ。勇者を経験した者だけが、“必要だ”と判断した理由が。 ――勇者名鑑……あった、これだ。  アシュリーは分厚い勇者名鑑を引っ張り出すと、No.4と書かれた本を広げ、ページをめくった。  歴代の勇者は、自分とジョシュアを除いて過去十五人。その中に、マチルダらも含まれていることになる。彼女達の戦歴を、もう一度確認してみようと思ったのだ。此処にあるのは政府が“表に出して問題ない”と判断した情報だけだろうが、それでも何かのとっかかりくらいにはなるかもしれないと思ってのことである。  この名鑑には、単純な勇者のプロフィールのみならず、魔王退治前後の戦績についてもかなり詳細が記されている。そのうち、魔王討伐に失敗した勇者は二名だけである。  四代目勇者の、ミリアリア・アロウ。  十一代目勇者の、シャーク・ロイド。  前者は女性で、後者は男性の勇者である。アシュリーは目を細めて、じっくりと文字を読み込んだ。魔力をこめた拳で殴る戦い方が得意であったミリアリアと、純粋な魔導師タイプであったシャーク。前者の性格は剛毅果断、後者は石橋を叩いて渡る典型。性格も戦闘タイプも違う二人の勇者だが、何故だかその戦いの結果だけは共通しているのである。  どちらも、魔王のところまで無事に辿り着いたにも関わらず――その目の前で、敵前逃亡を図ったというのだ。そして完全に戦意を喪失してしまっていたところを、魔法学校のサポート部隊に保護されて鼓舞され、最終的には討伐に成功しているのだという。  奇妙であるのは、逃げ出した二人はどちらも無傷であったということ。魔王の大きな力に恐れ戦いて逃げたのだとしたら、無傷というのは正直妙な話である。特に、ミリアリアの方は極めて正義感が強く勝気な性格の娘であり、とても敵を目の前にしておめおめと逃げ帰るタイプではなかったようなのだ。それらは、友人の証言と、彼女の数々の優秀な戦績が物語っている。友人が多く仲間内の信頼も厚く、大切な人を守るためならば命さえ惜しくないという非常に勇敢な人物であったらしい。 『正直驚いたけど、ミリアリアみたいなタイプは本番に弱いところがあるし。ツメが甘いところもあったから。実際の魔王を間近で見て、想像以上の魔力を感じて足がすくんじゃう、ってこともあったのかもしれないと思いますね』  友人と思しき少女はそんな言葉を寄せており、それが名鑑に載っている。――それは果たして本当に友人の言葉であったのか。あるいは、本当であったとしても――事実は、彼女が思った通りであったのか。  最終的に、ミリアリアも公務員として働いているらしい。魔法学校ではなく、一般の学校の教員をして、そのまま戦いに関わることもなく引退したと記されている。無傷で生還したものの、勇者として戦った後に大きく心身の調子を崩してしまったため、戦闘職に携わるのが難しくなってしまったらしい。  そして、もうひとりの逃亡者――シャークの方は。
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