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⑩
夜道を歩きながら、京香さんは俺たちに話しかける。
「いやー、成長してるわねー。あなたたち、何歳なの?」
「に、二十一歳です」
「そっか、四年後ね……。やっぱ垢抜けてるわ」
「ねえママ、なんで私たちのこと、見つけられたの? ていうか、なんでそんな普通に受け入れてるの?」もっともな疑問を凛が投げかける。
「まあまあ、それは後で話してあげるわ」
「後で、って京香さん……」マイペースすぎる。まあ、そんなところも素敵なわけだが。
「うーん、それにしてもタイムマシンか~。こんな近い未来にできてるとはねー」
感心したように京香さんは呟く。
とても見覚えのある通りを歩いていき、京香さんが足を止める。俺や凛も自然と足を止める。
辿り着いたのはもちろん、凛の実家だった。
「流石に凛本人に見つかるわけにはいかないから、あなたたちは離れに寝なさい、ね?」
「でもママ、怖いわよ。前に離れから変な声が聞こえたときがあったじゃない。ママにも話したでしょ?」
「……? いや、そんな話、聞いたことないわよ」
「そうか! このときにはまだそんな声聞こえたことなかったんだよ! じゃあ大丈夫じゃないか。寝させてもらおうぜ」
「うーん……。まあ、仕方ないか」
渋々、といった様子で、凛がうなずく。
「でも、結局この離れに泊まることになるんだったら、私たちが野犬に追いかけられる必要はまったく無かったわね」
「凛、それは言わないでくれ」
京香さんがジーンズのポケットから鍵を取り出し、離れの玄関に差し込む。
古びた鍵は、しばらくガチャガチャと音を立てた後で、開いた。カチン、という音が庭に響き渡る。
「どうぞ、入っていいわよ」
京香さんが、腕につけたデジタル時計を見ながらそう俺たちを促した。
「お邪魔します」
「本当に久しぶりに入るわ」
靴を脱ぎ、中に入る。懐かしい匂いが鼻に飛び込んでくる。
「電気は点けないでね、今の凛やお父さんが起きちゃまずいから」
その指示に、さすが京香さんだ、と俺は思う。
離れの二階に上る。ふすまを開いて部屋に入る。そこには二人分の布団が敷かれていた。
「あまり使ってなかったはずなのに、すごくきれい……」
「そりゃそうよ。私が掃除してたからね。あなたたちが来るのを待って」
「「え?」」
どういうことなのだろうか? さっきの発言といい、なぜ京香さんは、俺たちが未来から来ることを知っていたのだろうか?
「そこに座って。話してあげる」
京香さんに促されるまま、布団の上に俺たちは座る。そして畳の上に京香さんも腰を下ろし、傍にあったリモコンで冷房をつけてくれた。
京香さんが、俺と凛を交互に見つめる。暗闇にだいぶ慣れた視線が、京香さんのそれとはっきりぶつかって、俺は何故だか少しドキリとする。
京香さんが、口を開く。
「私にはね、未来が見えるの」
「「……は?」」
俺と凛は、同時に間抜けな声を出す。
「そんな反応しなくたっていいでしょ。あなたたちだって、未来から来てるじゃない」
京香さんは、腕時計をちらりと見ながら、あっけらかんと言い放ってみせる。
「ママ? 私たち、こう見えても今、けっこうマジで困ってるんだけど……」
「いや、私もけっこうマジで言ってるわよ」
確かに京香さんは、よく気がつく性格だ。まるで、未来が見えているようだ、と思うことも今までたくさんあった。しかし……。
京香さんは、さらに続ける。
「まあ、『見える』という言い方は正確じゃないかもしれないわ。むしろ私たちは未来を『体感』するといった方が近いかもしれない」
「未来を、『体感』?」
「寝るときに、夢を見るでしょう? 私たちが見る夢の内容は、未来に起こる出来事なの。そして普通の人たちとは違って、起きてからも夢の内容についての記憶は保持され続ける」
京香さんの表情は真剣そのものだ。
「その夢は、とてつもなくリアルなの。視覚も聴覚も、触覚も、匂いも味も、そのときのことが忠実に再現される。だから『体験』といった方が近いと思う」
理解が追い付かなかった。
「ね、ねえ。じゃあ、ママはこれから起こること、全部知ってるの? 教えて、私たちは無事に帰れるの?」
凛が尋ねる。
すると京香さんは、首を横に振る。
「残念だけど、私たちは、いつも夢を見るってわけじゃないの。それに、『体験』できるのは、未来に起こる出来事の、ほんの一部分だけだし、それが数分後の出来事なのか、数十年後に起こることなのかも分からない」
彼女はまた、時計をちらりと見る。
「だから私は、この、年と日付の分かる時計を見ることを習慣づけてる。そうすれば夢の中の私も時計を見てくれるから、その未来がいつ起こるかが正確にわかる」
京香さんの癖には、そんな意味があったのか……。しかし、やはり理解できないことが多すぎる。
「あの、さっきから京香さん、『私たち』っておっしゃってますけど、他にも未来を知れる人がいるんですか?」
俺が尋ねると、京香さんは、こちらを向いて頷いた。
「ええ。ネットのオカルト掲示板に似たような人たちが集ってて、私も最初は半信半疑だったんだけどね。でも、明らかに私と同じような体質を持ってると思われる人が一定数いたから、実際に会ってみたのよ」
「嘘……」
凛が驚愕の表情で母親を見つめている。それはそうだろう、と思った。実の母が、こんな人間離れした能力を持っているなんて、きっとショックに違いない。
「ママが……私に内緒でオフ会に行ってたなんて!」
絶対そこじゃないだろ。
「それについては謝るわ……」
いや、京香さんも神妙に謝罪しなくていいよ。
「そして、そのオフ会で知ったの。ごくまれに、私たちのような体質を持って生まれてくる人がいて、そういった人たちが『ドリーマー』と呼ばれる、ってことを」
ハッとして、俺と凛は顔を見合わせる。
「それって、もしかして!」
「ドクター永松が言ってた!」
出発(むりやり転送された)間際に、ドクターが言っていた。
「『ドリーマー』に気をつけろ」と。
あれは、未来から俺たちが来ることを知っている人物に注意しろ、ということだったんだ。変に彼らに出会ってしまい、未来を変えてしまわないように。
結果として、俺たちはそんな京香さんに助けてもらっているわけだが。
と、俺たちが京香さんの言ったことに反応したかと思うと、今度は、京香さんが凛の発言に反応した。
「ドクター永松? 聞いたことあるわね……」
「「ほんと!?」」
思わず大きい声を出し、俺たちは口を手で押える。
「そうよ! 確かそれこそ、そのオフ会にいたわ!」
「ママ、それ、い、いつの話?」
凛が慌てて尋ねる。
「オフ会は三年前くらいね。彼自身は『ドリーマー』じゃないんだけど、時空に関する研究をしてて、私たちとおんなじ町に住んでる、って言ってたわ」
俺と凛はまた顔を見合わせる。
「ってことはまだ、」
「この町にいるかも!」
凛の顔に希望が戻ってくるのを見て、俺も嬉しくなる。
「ええ。この町の中を転々としながら研究を続けてるらしいけど……」
「じゃあ、明日からドクターを探しましょ! 直してもらって、現代に帰るのよ」
「ああ」
そうだ。早く帰らなければ。早く帰って、俺は沙耶ちゃんに会いに行くんだ。
たとえ処女じゃなくても、やはりこんなに、会いたくなるんだ。
俺はやっぱり、どんな沙耶ちゃんでも、愛してるんだ。
しかし、やはり今更どんな顔をして彼女に会えばいいかは、分からなかった。あんなに取り乱して、置き去りにしてしまって……。
「あなたたち、なるべく早く未来に帰りなさいよ」と京香さんが言う。
「ありがとうママ」
「ありがとうございます、京香さん」
京香さんが部屋を出て行こうとする。ふすまを閉める前に、また彼女が俺たちに呼びかけた。
「あなたたち、とても汗臭いわよ。朝になって、凛とお父さんが出かけたら、シャワーを浴びに来なさい」
そうして、京香さんは部屋を後にした。
しばしの沈黙の後、俺は凛に尋ねる。
「……制汗スプレー、使う?」
「今さら遅いわよ」
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