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 離れの部屋の中。目をつむっていると、凛が声をかけてきた。 「ねえ、葉人。寝た?」 「ううん、まだ。どうした?」 「帰ろうね、ちゃんと、2019年に」  目を開ける。暗い天井が見えた。 「ほんと、ごめんな」思わず、呟いていた。 「なんで? 確かに嫌々だったけど、私は自分の意思でついてきたんだから、謝る必要なんかないよ」 「でも、そもそも過去に戻ることになったのは俺が原因だし……」 「いいの、大丈夫! あんたに振り回されるのなんか、昔から慣れっこなんだから」 「凛……」  本当に申し訳ない、と思った。俺の勝手な行動で、凛を巻き込んでしまった。 「葉人」 「どうした?」 「ドクター探しは私に任せてさ、あんたは沙耶ちゃんとやらを探しなさいよ。いるんでしょ? この町に」 「はぁ? そんなことより早く帰らないと……」 「いいじゃない。どうせ来たんだから、当初の目的を達成させなさいよ」  凛の声が、とても切ない雰囲気を孕んでいるもののように思えて、俺は思わずドキリとする。しかし、俺はそれに気づかないふりをした。    凛の気持ちは、とてもありがたかった。    そして、だからこそ俺は、自分の素直な気持ちを凛に話すことができた。 「ありがとう。でも、もういいんだ」 「え?」 「沙耶ちゃんにもう会えないかもしれない、って思った時にようやく実感したんだ。  俺は、結局どんな沙耶ちゃんも好きなんだ、って。    確かに、沙耶ちゃんが処女じゃなくて、正直今もめっちゃ悔しいし、嫉妬してる。  でも、そんなこと関係ないくらい、俺は沙耶ちゃんがいないと駄目なんだ」 「そっか。葉人はやっぱり、その子のことがとても好きなのね」 「ああ。それに、変にこの時代の沙耶ちゃんに関わって、未来で出会わなくなっちゃったりしたら嫌だし。俺、今の沙耶ちゃんを愛してる」 「あんたのそういう素直なとこ、私、好きよ」 「ありがとな、凛」 「……なんでこういうときだけ私の話を聞いてるかな」  彼女の過去も大事だが、それ以上に俺は、今の俺と沙耶ちゃんの関係のほうが大事だ。  早く未来に帰って、その関係を取り戻さないと。  沙耶ちゃん。沙耶ちゃん。沙耶ちゃんに、会いたい……。 「うわーーん!!」 「ちょ、ちょっと! なんでいきなり泣いてんのよ!」  凛が小声で俺を叱るが、俺は泣きわめくのを我慢することができなくなった。 「だって! 凛が俺に優しくするから! それで、沙耶ちゃんに会いたくなって、俺……あーー‼ びえーーん‼」 「あんた、さっきまでそんな感じじゃなかったじゃない! もう! 泣き止め!」  凛が俺を抱き寄せる。いや、抱き寄せる、というよりは、押さえつける、といったほうが正確かもしれない。 「うわーーん‼ おえっ! びやーーん‼」  その後三十分間、凛の胸の中で俺は泣き続けた。  ようやく嗚咽が収まったところで、俺はまた凛に謝罪する。 「ごめん、ちょっと、我慢できなくて」 「相変わらず情緒不安定なんだから……」 「けっこう大声で泣いちゃったけど、大丈夫かな? 母屋に聞こえてないかな……?」  この時代の凛やそのお父さんにばれてしまってはマズい。 「どうだろう? ここに一番近いのは、私の部屋だけど……」  そして、凛はハッとした表情になる。 「もしかして、高校生のときの私が聞いた変な声って!」 「あ」  そうか。凛が奇妙な声を聞いたのはちょうど高校生のとき……。俺がさっき三十分間泣きわめき続けた声を、高校生の凛は自室から聞いていたんだ。 「私が四年間感じてた恐怖の責任取りなさいよ!」 「まじでごめん」  まさか話に聞いていた異音の正体が自分自身だとは、俺も思っていなかったもので。 「分かった、許してあげる。その代わり、絶対無事に帰るわよ」 「ああ。ありがとう、凛」 「じゃ、おやすみ」 「おやすみ」  俺は目を閉じる。  先ほどよりも軽くなった心で、俺はスッと眠りに落ちた。
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