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⑪
離れの部屋の中。目をつむっていると、凛が声をかけてきた。
「ねえ、葉人。寝た?」
「ううん、まだ。どうした?」
「帰ろうね、ちゃんと、2019年に」
目を開ける。暗い天井が見えた。
「ほんと、ごめんな」思わず、呟いていた。
「なんで? 確かに嫌々だったけど、私は自分の意思でついてきたんだから、謝る必要なんかないよ」
「でも、そもそも過去に戻ることになったのは俺が原因だし……」
「いいの、大丈夫! あんたに振り回されるのなんか、昔から慣れっこなんだから」
「凛……」
本当に申し訳ない、と思った。俺の勝手な行動で、凛を巻き込んでしまった。
「葉人」
「どうした?」
「ドクター探しは私に任せてさ、あんたは沙耶ちゃんとやらを探しなさいよ。いるんでしょ? この町に」
「はぁ? そんなことより早く帰らないと……」
「いいじゃない。どうせ来たんだから、当初の目的を達成させなさいよ」
凛の声が、とても切ない雰囲気を孕んでいるもののように思えて、俺は思わずドキリとする。しかし、俺はそれに気づかないふりをした。
凛の気持ちは、とてもありがたかった。
そして、だからこそ俺は、自分の素直な気持ちを凛に話すことができた。
「ありがとう。でも、もういいんだ」
「え?」
「沙耶ちゃんにもう会えないかもしれない、って思った時にようやく実感したんだ。
俺は、結局どんな沙耶ちゃんも好きなんだ、って。
確かに、沙耶ちゃんが処女じゃなくて、正直今もめっちゃ悔しいし、嫉妬してる。
でも、そんなこと関係ないくらい、俺は沙耶ちゃんがいないと駄目なんだ」
「そっか。葉人はやっぱり、その子のことがとても好きなのね」
「ああ。それに、変にこの時代の沙耶ちゃんに関わって、未来で出会わなくなっちゃったりしたら嫌だし。俺、今の沙耶ちゃんを愛してる」
「あんたのそういう素直なとこ、私、好きよ」
「ありがとな、凛」
「……なんでこういうときだけ私の話を聞いてるかな」
彼女の過去も大事だが、それ以上に俺は、今の俺と沙耶ちゃんの関係のほうが大事だ。
早く未来に帰って、その関係を取り戻さないと。
沙耶ちゃん。沙耶ちゃん。沙耶ちゃんに、会いたい……。
「うわーーん!!」
「ちょ、ちょっと! なんでいきなり泣いてんのよ!」
凛が小声で俺を叱るが、俺は泣きわめくのを我慢することができなくなった。
「だって! 凛が俺に優しくするから! それで、沙耶ちゃんに会いたくなって、俺……あーー‼ びえーーん‼」
「あんた、さっきまでそんな感じじゃなかったじゃない! もう! 泣き止め!」
凛が俺を抱き寄せる。いや、抱き寄せる、というよりは、押さえつける、といったほうが正確かもしれない。
「うわーーん‼ おえっ! びやーーん‼」
その後三十分間、凛の胸の中で俺は泣き続けた。
ようやく嗚咽が収まったところで、俺はまた凛に謝罪する。
「ごめん、ちょっと、我慢できなくて」
「相変わらず情緒不安定なんだから……」
「けっこう大声で泣いちゃったけど、大丈夫かな? 母屋に聞こえてないかな……?」
この時代の凛やそのお父さんにばれてしまってはマズい。
「どうだろう? ここに一番近いのは、私の部屋だけど……」
そして、凛はハッとした表情になる。
「もしかして、高校生のときの私が聞いた変な声って!」
「あ」
そうか。凛が奇妙な声を聞いたのはちょうど高校生のとき……。俺がさっき三十分間泣きわめき続けた声を、高校生の凛は自室から聞いていたんだ。
「私が四年間感じてた恐怖の責任取りなさいよ!」
「まじでごめん」
まさか話に聞いていた異音の正体が自分自身だとは、俺も思っていなかったもので。
「分かった、許してあげる。その代わり、絶対無事に帰るわよ」
「ああ。ありがとう、凛」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
俺は目を閉じる。
先ほどよりも軽くなった心で、俺はスッと眠りに落ちた。
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