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⑫
夢を見た。
といっても、京香さんみたいに未来を『体験』するようなものではなく、むしろさっきと同じように回想的な夢だった。
それはもちろん、沙耶ちゃんとの夢だ。
「あの……、私のこと、覚えてますか? 今日あなたを見て、気付いたときからずっと、話しかけようと思ってたんです」
ボブカットに、ぱっちり二重。お酒を飲んだのか、赤くなっている頬。
そうだ。これは、俺と沙耶ちゃんがはじめて出会った日で……。
三年生になって初めてゼミに入った俺は、その歓迎の飲み会に参加していた。
そしてそこで、沙耶ちゃんが、さっきみたいなセリフで俺に話しかけてくれたんだ。俺はこんなかわいい子が同じ学部にいたなんて知らなかった。
まあ、俺は三年で現在の学部に転学部したから、知らなくて当然と言えば当然なのだが。
「いや、どこかでお会いしましたっけ……? は、はじめまして、だと思いますけど……」
と、俺は正直に返事をした。
こんなにかわいい子、一回出会ったら、忘れる訳がない。
俺の返事に、彼女は一瞬目を丸くして、その後、何かに納得したような顔をして、そして、少し寂しそうな表情をして、また、普通の表情に戻った。
「そっか、そっか……。私、斎藤沙耶って言います。よろしくね」
そして彼女は俺に、最高の笑顔をくれた。少しの間に色々な表情を見せてもらった俺は、最後のその笑顔に、とどめを刺された。
こんなの、好きにならない方がおかしいだろ!
そのときの俺の心臓が元気だったのは、決して慣れない酒のせいだけではなかっただろう。
「俺、依田(よだ)葉人って言います。よろしくね、斎藤さん」
「沙耶」
「へ?」
「沙耶、でいいよ。沙耶ちゃん、って呼んで」
何かを懐かしむように、彼女は言った。そして俺は、完全にノックアウトされた。
俺は彼女に会うために生まれてきたんだ、と本気で思ったのを覚えている。
「さ、沙耶ちゃん!」
「?」
「お友達から始めてください!」
気付くと俺はそんな言葉を口走って、頭を下げ、彼女に手を差し出していた。
それはもはや、脊髄反射的な行動だった。頭で考えるより先に、身体が動いていたんだ。
「あはは」
沙耶ちゃんが笑う。そして彼女は俺の耳元でこう言った。
「そんなに焦らなくても、大丈夫」
俺の体に、恋という名の電流が走った。
そしてその電流は今でも俺の原動力となって、タイムスリップすらさせてしまった。
そして、これが夢だと気づいた俺は、夢の中で思う。どうかこの夢が、沙耶ちゃんとの最後の思い出となりませんように……。
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