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⑬
昼前に起床した俺たちは、母屋で順番にシャワーを浴びさせてもらった。そして下着や衣服は、凛のお父さんのものを貸していただいた。
俺たちは出かける支度を整える。
「いってらっしゃい」
「「いってきます」」
俺たちは揃って、返事をする。
色々お世話になって、本当に京香さんには感謝しかなかった。それに、これからドクターが見つかるまで、しばらくはお世話になるかもしれないのだ。
土下座をしたい気分だった。
「そういえばあなたたち、全然お金が無いんだったわね。はい」
そう言って京香さんは俺たちに一万円札を二枚手渡した。
「私のヘソクリ。しばらくはそれでやりすごしなさいな」
土下座をした。
「未来に帰ったら、必ず返します」
「ありがとう。でも、四年後だったら踏み倒されても覚えてないかもね」
「そんな。ちゃんと返すわよ」
「少なくとも私の見る未来では、返してもらってないわ」
京香さんは笑う。
「じゃ、いってきます。ママ」
「ええ。もしまたここに帰ってくるときは、夜中まで待って、そっと離れに入ってね」
「本当、ありがとうございます」
俺は京香さんに会釈をした。
凛と二人で、玄関を出る。京香さんの厚意を無駄にしないためにも、俺たちは絶対に無事に帰らなければならない。
「とはいったものの、どこを探せばいいのか」
なるべく人気のない道を通りながら、俺は呟く。いくらこの町にドクターがいる可能性が高いと分かっていても、町全部をしらみつぶしに探すのは骨だ。
「私に考えがあるわ」と凛。
「なに?」
「四年後のドクターは、ぼろいアパートを借りてたわけでしょ? だから同じようなぼろアパートを中心に探していくの」
「なるほど」
それはよい案かもしれない。少なくとも、何のあてもなく町をパトロールするよりは断然いい作戦だと言えるだろう。
「あと、これも持ってきたわ」
そう言って、凛が自身のバッグから取り出したのは、白いマスクと、黒い目出し帽だった。
「ドクターに私たちの顔がバレたらまずいでしょ。未来で声をかけられなくなって、歴史に矛盾が生じちゃうわ」
確かにそれはそうだ。俺たちの顔を知らなかったからこそ、ドクターは俺たちを過去に送ったのだから。顔を見られてしまっては、この過去への時空旅行すらなかったことになりかねない。タイムパラドックスというやつだ。
しかし……。
「それなら、マスク2つで十分じゃないか? なんで目出し帽?」
「こっちのほうがあんたに似合うと思って、はい」
そう言って凛は俺に目出し帽を手渡した。冗談でなく本気で言ってそうなところが、こいつの怖ろしいところである。
黒い布地に、目と口の部分が赤くふちどられている。今日日こんな目出し帽、どこの悪党もつけないぞ。
「ってことで、まず、町の端に行って、そこから区域ごとに探していきましょう」
文句がゼロかと言われればそうではないが、さすが俺の幼馴染だ。頼りになる。
俺たちは町の端に向かって歩き出す。
と、凛が口を開く。
「それにしても、ママはすごいよね……」
「そうだよな、未来が見えるなんて。そんな能力、俺も持ってみたいぜ」
「ううん、そうじゃなくて。想像してみたらむしろ、未来が見えるのって、すごく怖いことだと思うんだよね」
「未来が分かるのが、怖い?」
「百歩譲って幸せな未来ならいいわよ。でも、自分にとって嫌な未来を見ちゃったら……。しかも、それを変えることはできない、ってなるとなおさらよ」
凛の言うことも、もっともだ。怖い未来を知ってしまったら、自分は何もできずにそれを待ち構えるしかないのだ。
俺はさっきまでの軽率な考えを捨て去り、そして改めて、それでも強く生きている京香さんを尊敬しなおした。
そしてその瞬間、俺は何かを思い出そうとした。
しかし、どうしてもそれは脳裏にはっきりとは浮んで来なかった。
「葉人、どうしたの?」
「いや、大丈夫、なんでもないんだ」
七月の日差しの下、俺と凛は一人の男を探している。
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