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 昼前に起床した俺たちは、母屋で順番にシャワーを浴びさせてもらった。そして下着や衣服は、凛のお父さんのものを貸していただいた。  俺たちは出かける支度を整える。 「いってらっしゃい」 「「いってきます」」  俺たちは揃って、返事をする。  色々お世話になって、本当に京香さんには感謝しかなかった。それに、これからドクターが見つかるまで、しばらくはお世話になるかもしれないのだ。 土下座をしたい気分だった。 「そういえばあなたたち、全然お金が無いんだったわね。はい」  そう言って京香さんは俺たちに一万円札を二枚手渡した。 「私のヘソクリ。しばらくはそれでやりすごしなさいな」  土下座をした。 「未来に帰ったら、必ず返します」 「ありがとう。でも、四年後だったら踏み倒されても覚えてないかもね」 「そんな。ちゃんと返すわよ」 「少なくとも私の見る未来では、返してもらってないわ」  京香さんは笑う。 「じゃ、いってきます。ママ」 「ええ。もしまたここに帰ってくるときは、夜中まで待って、そっと離れに入ってね」 「本当、ありがとうございます」  俺は京香さんに会釈をした。  凛と二人で、玄関を出る。京香さんの厚意を無駄にしないためにも、俺たちは絶対に無事に帰らなければならない。 「とはいったものの、どこを探せばいいのか」  なるべく人気のない道を通りながら、俺は呟く。いくらこの町にドクターがいる可能性が高いと分かっていても、町全部をしらみつぶしに探すのは骨だ。 「私に考えがあるわ」と凛。 「なに?」 「四年後のドクターは、ぼろいアパートを借りてたわけでしょ? だから同じようなぼろアパートを中心に探していくの」 「なるほど」  それはよい案かもしれない。少なくとも、何のあてもなく町をパトロールするよりは断然いい作戦だと言えるだろう。 「あと、これも持ってきたわ」  そう言って、凛が自身のバッグから取り出したのは、白いマスクと、黒い目出し帽だった。 「ドクターに私たちの顔がバレたらまずいでしょ。未来で声をかけられなくなって、歴史に矛盾が生じちゃうわ」  確かにそれはそうだ。俺たちの顔を知らなかったからこそ、ドクターは俺たちを過去に送ったのだから。顔を見られてしまっては、この過去への時空旅行すらなかったことになりかねない。タイムパラドックスというやつだ。  しかし……。 「それなら、マスク2つで十分じゃないか? なんで目出し帽?」 「こっちのほうがあんたに似合うと思って、はい」  そう言って凛は俺に目出し帽を手渡した。冗談でなく本気で言ってそうなところが、こいつの怖ろしいところである。  黒い布地に、目と口の部分が赤くふちどられている。今日日こんな目出し帽、どこの悪党もつけないぞ。 「ってことで、まず、町の端に行って、そこから区域ごとに探していきましょう」  文句がゼロかと言われればそうではないが、さすが俺の幼馴染だ。頼りになる。  俺たちは町の端に向かって歩き出す。  と、凛が口を開く。 「それにしても、ママはすごいよね……」 「そうだよな、未来が見えるなんて。そんな能力、俺も持ってみたいぜ」 「ううん、そうじゃなくて。想像してみたらむしろ、未来が見えるのって、すごく怖いことだと思うんだよね」 「未来が分かるのが、怖い?」 「百歩譲って幸せな未来ならいいわよ。でも、自分にとって嫌な未来を見ちゃったら……。しかも、それを変えることはできない、ってなるとなおさらよ」  凛の言うことも、もっともだ。怖い未来を知ってしまったら、自分は何もできずにそれを待ち構えるしかないのだ。  俺はさっきまでの軽率な考えを捨て去り、そして改めて、それでも強く生きている京香さんを尊敬しなおした。  そしてその瞬間、俺は何かを思い出そうとした。  しかし、どうしてもそれは脳裏にはっきりとは浮んで来なかった。 「葉人、どうしたの?」 「いや、大丈夫、なんでもないんだ」  七月の日差しの下、俺と凛は一人の男を探している。
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