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⑮
俺は恐る恐る、公衆トイレの中に入る。
物音をなるべく立てないように気をつけながら。
公衆トイレの中は、薄暗く、ジーーという蛍光灯の音が不気味に響いていた。
ガムテープで口をふさがれ、さらに手足を簡易的に縛られた沙耶ちゃんと、沙耶ちゃんのものと思われる通学バッグが、汚い床に転がされていた。
怒りで頭が沸騰しそうだった。
しかし、四人を相手取るには、まだベストな状況ではない。
ここは我慢するんだ。
沙耶ちゃんを助けるために。
「やっぱめっちゃ可愛いな。この子」
「まさか、処女だったりして」
目出し帽をかぶった男たちは下品な笑い声をあげる。
ゲスどもが……! こんなやつらに、俺の沙耶ちゃんの処女を奪われてたまるものか。
「んー……‼」
沙耶ちゃんが、涙目になりながら、必死に声を上げようとしている。しかし、たった一枚のガムテープによってそれが阻まれる。
「静かにしてね、お嬢ちゃん。静かにしてたら、命は助けてあげるから」
男のうちの一人が言う。
助けてあげる、だと? お前らなんかに、沙耶ちゃんの命をどうこうする権利なんかない。あっていいわけがない!
怒りで拳が震える。
先ほどまで確かに感じていた恐怖を、もはや俺は忘れてしまっていた。
腹が立ちすぎて、心臓が苦しくなる。こんな感覚は生まれて初めてだった。そして、こんな状況をただ見ている自分にもめちゃくちゃ腹が立った。
もう少し、もう少しの辛抱だ……‼
「さ、パパッとヤッちまおうぜ」
一人が愉快気に呼びかける。
「そうだな」
「さ、誰から行く?」
「もうみんないっぺんにヤッちまうか」
男たちがまた、下品な笑い声をあげた。
俺は自分に言い聞かせる。今だ、今しかない。
覚悟を決めて、俺は一歩を踏み出す。俺が沙耶ちゃんを救うんだ。
片方の手をポケットに入れ、もう片方の手で男の一人を軽く押しのけ、俺は彼らの前に踊り出た。
そうして沙耶ちゃんに近づいていき、姿勢を低くする。そして男たちに気づかれないよう、素早く、沙耶ちゃんの足に巻き付けられたガムテープを剥がす。
一人の男が俺に声をかける。
「おい、今日はずいぶん積極的だな…………ん?」
「え?」と他の男たち。
やっと気づきやがったか、馬鹿どもめ!
俺は素早く振り返る。
そして、ポケットから取り出した制汗スプレーを発射した。目標はもちろん、四人の目だ。
「いってー‼ ぐあっ!」
反撃をされる前に、素早く、全員の目を潰していく。「こいつ」が催涙スプレーの代わりになる、という豆知識を聞いたことはあったが、まさか実際に使う日が来るとは思っていなかった。
未来から持ってきておいて本当に良かった。
「なんだこれ! くそっ!」
目を押さえて苦しむ男たちの腹に、一発ずつ蹴りを入れておく。
「ぐはっ!」
これでしばらくは起き上がれまい。
せいぜい苦しむがいい。お前らが沙耶ちゃんに与えた恐怖はそんなものではないがな。
「さあ、逃げよう!」
そう言って俺は、かぶっていた目出し帽を脱いだ。
目出し帽のデザインが、この男たちのものと同じだったことは、不快だが、ラッキーだったと言えるだろう。
凛から貰ったこいつのお陰で、俺は気付かれずに四人の男に溶け込み、そして制汗スプレーを噴射する隙を作り出すことができた。
「安心して、俺は沙耶ちゃんの味方だから!」
心の底からそう叫ぶ。
沙耶ちゃんの口と、手に巻かれたガムテープを剥がす。荒い息が、彼女の口から吐き出される。
「ほら、立って! 逃げよう!」
「は、はい……」
弱々しく言った彼女は、ふらふらと立ち上がる。そして自身の通学バッグを拾い上げ、俺の手を握る。
俺たちは腹や顔を押さえてうずくまっている四人の脇を通り、公衆トイレの外に出た。
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