1/1
前へ
/21ページ
次へ

 俺は恐る恐る、公衆トイレの中に入る。  物音をなるべく立てないように気をつけながら。  公衆トイレの中は、薄暗く、ジーーという蛍光灯の音が不気味に響いていた。  ガムテープで口をふさがれ、さらに手足を簡易的に縛られた沙耶ちゃんと、沙耶ちゃんのものと思われる通学バッグが、汚い床に転がされていた。  怒りで頭が沸騰しそうだった。  しかし、四人を相手取るには、まだベストな状況ではない。  ここは我慢するんだ。  沙耶ちゃんを助けるために。 「やっぱめっちゃ可愛いな。この子」 「まさか、処女だったりして」  目出し帽をかぶった男たちは下品な笑い声をあげる。  ゲスどもが……! こんなやつらに、俺の沙耶ちゃんの処女を奪われてたまるものか。 「んー……‼」  沙耶ちゃんが、涙目になりながら、必死に声を上げようとしている。しかし、たった一枚のガムテープによってそれが阻まれる。 「静かにしてね、お嬢ちゃん。静かにしてたら、命は助けてあげるから」  男のうちの一人が言う。  助けてあげる、だと? お前らなんかに、沙耶ちゃんの命をどうこうする権利なんかない。あっていいわけがない!  怒りで拳が震える。  先ほどまで確かに感じていた恐怖を、もはや俺は忘れてしまっていた。  腹が立ちすぎて、心臓が苦しくなる。こんな感覚は生まれて初めてだった。そして、こんな状況をただ見ている自分にもめちゃくちゃ腹が立った。  もう少し、もう少しの辛抱だ……‼ 「さ、パパッとヤッちまおうぜ」 一人が愉快気に呼びかける。 「そうだな」 「さ、誰から行く?」 「もうみんないっぺんにヤッちまうか」  男たちがまた、下品な笑い声をあげた。  俺は自分に言い聞かせる。今だ、今しかない。  覚悟を決めて、俺は一歩を踏み出す。俺が沙耶ちゃんを救うんだ。  片方の手をポケットに入れ、もう片方の手で男の一人を軽く押しのけ、俺は彼らの前に踊り出た。  そうして沙耶ちゃんに近づいていき、姿勢を低くする。そして男たちに気づかれないよう、素早く、沙耶ちゃんの足に巻き付けられたガムテープを剥がす。  一人の男が俺に声をかける。 「おい、今日はずいぶん積極的だな…………ん?」 「え?」と他の男たち。  やっと気づきやがったか、馬鹿どもめ!  俺は素早く振り返る。  そして、ポケットから取り出した制汗スプレーを発射した。目標はもちろん、四人の目だ。 「いってー‼ ぐあっ!」  反撃をされる前に、素早く、全員の目を潰していく。「こいつ」が催涙スプレーの代わりになる、という豆知識を聞いたことはあったが、まさか実際に使う日が来るとは思っていなかった。  未来から持ってきておいて本当に良かった。 「なんだこれ! くそっ!」  目を押さえて苦しむ男たちの腹に、一発ずつ蹴りを入れておく。 「ぐはっ!」  これでしばらくは起き上がれまい。  せいぜい苦しむがいい。お前らが沙耶ちゃんに与えた恐怖はそんなものではないがな。 「さあ、逃げよう!」   そう言って俺は、かぶっていた目出し帽を脱いだ。    目出し帽のデザインが、この男たちのものと同じだったことは、不快だが、ラッキーだったと言えるだろう。  凛から貰ったこいつのお陰で、俺は気付かれずに四人の男に溶け込み、そして制汗スプレーを噴射する隙を作り出すことができた。 「安心して、俺は沙耶ちゃんの味方だから!」  心の底からそう叫ぶ。  沙耶ちゃんの口と、手に巻かれたガムテープを剥がす。荒い息が、彼女の口から吐き出される。 「ほら、立って! 逃げよう!」 「は、はい……」  弱々しく言った彼女は、ふらふらと立ち上がる。そして自身の通学バッグを拾い上げ、俺の手を握る。  俺たちは腹や顔を押さえてうずくまっている四人の脇を通り、公衆トイレの外に出た。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加