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 公園には相変わらず人気がなかった。 「早く、どこか離れた場所に!」  ふらふらと歩く沙耶ちゃんの手を引き、俺は言う。しかし今の彼女に、走って移動することは難しそうだった。 「きゃっ!」  声と同時に、沙耶ちゃんがバランスを崩した。彼女の手が俺の手から離れてしまい、彼女は転倒する。 「だ、大丈夫?」  足を止め、姿勢を低くし、起き上がろうとする彼女に寄り添う。 「よかった、怪我はないみたいだな……」  俺が安心した、そのときだった。  肩のあたりに衝撃があった。 「ってー‼」  叫んだ俺の体が、土の上に倒れる。  先ほどの男たちの一人に蹴られたのだ、と気づいたのは、数秒後だった。 「てめえ、よくも邪魔してくれたな……」  目潰しがそれほど効かなかったのだろう。既に目出し帽を取っていた馬面の男は、はっきりと恨みのこもった眼で、俺のことを見下ろしていた。 「沙耶ちゃん、逃げて……」  体を起こしながら、俺は願うように言う。  しかし当の沙耶ちゃんは、怯えて固まってしまっていた。今はこの男一人だからいいが、仲間たちがこっちへ来る前に、君だけでも逃げるんだ! でないと……。 「おらぁ!」  さっきのお返しだ、と言わんばかりの勢いで、腹に蹴りを入れられる。ぐふっ、という声を出して、俺はまた地面に倒れる。  仰向けになった俺に、男が馬乗りになる。馬面が馬乗りになっている、といった冗談を言っている場合ではなかった。  そして男は、ポケットから何かを取り出す。  男が、取り出したそれを俺の目の前へと突き付けた瞬間に、やっと俺はそれが何かを理解した。  ナイフだった。 「……‼」  男の左手に握られたそれに、俺は思わず唾を飲む。 「ただで死ねると思うなよ」  間近で見る男の目は、ぎらついていて、完全にイッてしまっているように思えた。  これ、やばい、まじで、殺される……‼  馬面男が、ナイフを右手へと持ち替える。彼がゆっくりと振りかざしたその刃が、厚い雲から一瞬覗いた月光に鈍く光っている。  俺は死と痛みを覚悟して、目をつむる。  京香さん、ごめんなさい。無事に未来に変えれそうにありません。せっかくの厚意を無駄にしてしまいました。  凛、すまない。未来へはお前ひとりで帰ってくれ。お前は最高の幼馴染だよ。俺に勇気をくれて、ありがとう。  沙耶ちゃん。お願いだから逃げてくれ。俺はどうなってもいいから。でないと、沙耶ちゃんまで殺されてしまう……。  本当の本当に死を覚悟した、そのときだった。 「……がっ‼」  短く野太い声が上がり、俺は目を開ける。  俺に馬乗りになっていた馬面男が、俺のすぐそばに倒れていた。彼は泡を吹いており、小刻みに痙攣しているように見える。 「なんで……」  斜め前を見る。  そこに震えながら立っていた沙耶ちゃんの手には、スタンガンが握られていた。
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