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 タイムマシンを隠している空き地に向かって走っていると、雨が止んだ。  しかし、そのときには俺はもうびしょ濡れだったので、特に嬉しくもなかった。  空き地にたどり着く。濡れた草をかき分けて、空き地の奥の方へと進む。ズボンが既にグショグショだった分、濡れた草の感触は不快ではなく、むしろ心地よかった。 「おっ、あった。よかった」  俺は車がそこにあるのを発見した。少なくとも盗難や撤去はされていなかったようで、安心した。  そして俺はさらに発見する。 「凛!」  運転席に、凛がいるのが見えた。目をつむっている。どうやら眠っているようだ。彼女が無事だったことに、先ほどよりも強く安堵する。  俺は、助手席側のドアから車に乗り込み、凛に声をかける。 「凛、凛、大丈夫か?」 「ん……。あ、葉人! あんた、びしょ濡れじゃない! でもよかった、無事で……」  心底ほっとしたような表情を凛が俺に見せてくれた。そして俺は、凛に頭を下げる。前髪から垂れた雫が、車のシートに零れ落ちた。 「お陰で沙耶ちゃんのこと、助けられた。ありがとう」 「ううん。ごめんね、私……あんたがあの子ともう二度と会えなくなるかもしれないのに……」  凛は今にも泣きだしそうな目を俺に向ける。こんな表情を見るのは、幼馴染の俺でも初めてかもしれなかった。 「いや、いいんだ。もしこれで沙耶ちゃんと出会えなくなったとしても、悔いは無いから。それに……」 「それに?」 「俺と沙耶ちゃんの愛は、過去が変わったくらいじゃ壊れない」  凛は一瞬目を丸くした後で、笑いだす。 「あはは! そうよね! やっぱりあんたはそうでなきゃ」  結構本気で言ってるんだけど、馬鹿にされてるのかな?  そして俺は、大事なことを思い出す。 「おい、そういえば! ドクターはどうなったんだ?」  俺たちが無事に未来へ帰れるかどうかは、あの男にかかっていて……。する  と、凛が得意気に、にんまりと笑って言った。 「ばっちり! タイムマシンの修理と、私へのストーキングの成敗を同時に遂行してやったわ」 「お前、いろんな意味で流石だな」 「ちょっと基盤が外れてただけみたいだったから、修理自体は簡単に済んだわ。ま、あの変態ドクターはこれがタイムマシンだとは気付かなかったみたいだけど。よっぽど焦ってたのね」 「焦ってた、って、お前いったい何したんだよ」 「顔がバレないようにマスクをしたまま後ろから近づいて、背中にシャーペンのお尻を突き付けたの」 「シャーペンを?」 「あいつ、それを刃物か何かと思い込んだんでしょうね。それで私が、思いつく限りの脅迫のセリフを言ったら、簡単についてきて、すぐに修理してくれたわ」  ドクターのトラウマになってやしないか、と心配すると同時に、昨日ドクターが凛の声に必要以上にビビっていたことを思い出した。  いや、そんなことはどうでもよくて……。 「ってことは俺たち、帰れるのか⁉」 「かもしれないわね。試してみましょ」  凛が、車に取り付けられた機器を操作する。昨日の夜見たのと同じように、デジタル数字が表示され、それらは年月日と時刻を示していた。 「なあ、凛。戻る時刻は、俺が自分の部屋から飛び出した直後にしてくれないか」  未来に戻って、俺が真っ先にやらなくてはいけないこと。それは、沙耶ちゃんに謝罪することだ。 「いいけど、それって何時くらい?」 「夕方六時ちょうどに戻ってくれれば、大丈夫だ」 「おーけー。じゃ、場所もあんたのアパート近くに設定しとくわ」 「何から何までありがとな」 「いいのよ。さ、行くわよ。もうこの時代に未練はないわね?」 「ああ、もう二度と来てやるもんか」  凛が右手を頭上に振り上げる。そして彼女はその手を勢いよく振り下ろし、クラクションを押す。 「プーー‼」という音は、鳴らなかった。
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