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⑲
タイムマシンを隠している空き地に向かって走っていると、雨が止んだ。
しかし、そのときには俺はもうびしょ濡れだったので、特に嬉しくもなかった。
空き地にたどり着く。濡れた草をかき分けて、空き地の奥の方へと進む。ズボンが既にグショグショだった分、濡れた草の感触は不快ではなく、むしろ心地よかった。
「おっ、あった。よかった」
俺は車がそこにあるのを発見した。少なくとも盗難や撤去はされていなかったようで、安心した。
そして俺はさらに発見する。
「凛!」
運転席に、凛がいるのが見えた。目をつむっている。どうやら眠っているようだ。彼女が無事だったことに、先ほどよりも強く安堵する。
俺は、助手席側のドアから車に乗り込み、凛に声をかける。
「凛、凛、大丈夫か?」
「ん……。あ、葉人! あんた、びしょ濡れじゃない! でもよかった、無事で……」
心底ほっとしたような表情を凛が俺に見せてくれた。そして俺は、凛に頭を下げる。前髪から垂れた雫が、車のシートに零れ落ちた。
「お陰で沙耶ちゃんのこと、助けられた。ありがとう」
「ううん。ごめんね、私……あんたがあの子ともう二度と会えなくなるかもしれないのに……」
凛は今にも泣きだしそうな目を俺に向ける。こんな表情を見るのは、幼馴染の俺でも初めてかもしれなかった。
「いや、いいんだ。もしこれで沙耶ちゃんと出会えなくなったとしても、悔いは無いから。それに……」
「それに?」
「俺と沙耶ちゃんの愛は、過去が変わったくらいじゃ壊れない」
凛は一瞬目を丸くした後で、笑いだす。
「あはは! そうよね! やっぱりあんたはそうでなきゃ」
結構本気で言ってるんだけど、馬鹿にされてるのかな?
そして俺は、大事なことを思い出す。
「おい、そういえば! ドクターはどうなったんだ?」
俺たちが無事に未来へ帰れるかどうかは、あの男にかかっていて……。する
と、凛が得意気に、にんまりと笑って言った。
「ばっちり! タイムマシンの修理と、私へのストーキングの成敗を同時に遂行してやったわ」
「お前、いろんな意味で流石だな」
「ちょっと基盤が外れてただけみたいだったから、修理自体は簡単に済んだわ。ま、あの変態ドクターはこれがタイムマシンだとは気付かなかったみたいだけど。よっぽど焦ってたのね」
「焦ってた、って、お前いったい何したんだよ」
「顔がバレないようにマスクをしたまま後ろから近づいて、背中にシャーペンのお尻を突き付けたの」
「シャーペンを?」
「あいつ、それを刃物か何かと思い込んだんでしょうね。それで私が、思いつく限りの脅迫のセリフを言ったら、簡単についてきて、すぐに修理してくれたわ」
ドクターのトラウマになってやしないか、と心配すると同時に、昨日ドクターが凛の声に必要以上にビビっていたことを思い出した。
いや、そんなことはどうでもよくて……。
「ってことは俺たち、帰れるのか⁉」
「かもしれないわね。試してみましょ」
凛が、車に取り付けられた機器を操作する。昨日の夜見たのと同じように、デジタル数字が表示され、それらは年月日と時刻を示していた。
「なあ、凛。戻る時刻は、俺が自分の部屋から飛び出した直後にしてくれないか」
未来に戻って、俺が真っ先にやらなくてはいけないこと。それは、沙耶ちゃんに謝罪することだ。
「いいけど、それって何時くらい?」
「夕方六時ちょうどに戻ってくれれば、大丈夫だ」
「おーけー。じゃ、場所もあんたのアパート近くに設定しとくわ」
「何から何までありがとな」
「いいのよ。さ、行くわよ。もうこの時代に未練はないわね?」
「ああ、もう二度と来てやるもんか」
凛が右手を頭上に振り上げる。そして彼女はその手を勢いよく振り下ろし、クラクションを押す。
「プーー‼」という音は、鳴らなかった。
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