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 ドアを開くと、沙耶ちゃんが玄関にいた。  ちゃんと服を着ていて、靴を履きかけている。俺を追いかけようとしてくれたのだろうか? 泣きそうになるのを堪える。  沙耶ちゃんがこちらを向いて驚く。 「あ、おかえり……。えっ、いつ着替えたの⁉ ていうか、びしょ濡れじゃん! 雨なんか降ってたっけ?」 「沙耶ちゃん」  濡れたままで申し訳ない、と思いつつも、俺は彼女のことを強く抱きしめずにはいられなかった。ひゃっ、というかわいい声を彼女が出す。  俺は、思いのたけを彼女に告げる。 「沙耶ちゃん、ごめん。昨日の俺……、ていうか、さっきの俺、動転してた」  沙耶ちゃんは、俺の腕の中で首を横に振る。 「私こそ、ごめん。誤解させちゃって……。あのね、私の初体験っていうのは……」  彼女の言葉をさえぎって、俺は言う。 「いや、いいんだ。俺、知ってるんだ」 「え?」 「沙耶ちゃんが……沙耶ちゃん自身が、俺に、ぜんぶ正直に話してくれたから」  沙耶ちゃんの顔が、俺の胸から離れて、彼女の視線が、まっすぐに俺とぶつかる。  きょとんとした表情が、一瞬にして、変わった。  愕然とした様子で、彼女は俺に言う。 「ああ……‼ 葉人くん! そうよ、高校生のあのとき!」  彼女の体は、小刻みに震えている。 「もしかして……私に会って帰ってきたの?」  彼女の目に、みるみるうちに涙がたまっていく。そして、それを見ている俺の視界も、だんだんと涙で滲んでいく。  鼻を啜りながら、俺は答える。 「そうだよ。俺、過去に行ってきたんだ。本当は、沙耶ちゃんに会わないようにしよう、って思ってた。でも、助けずにはいられなくて……。ほんと、ごめん!」 「なんで謝るの? 私、ずっと言いたかったの! 葉人くんにありがとう、って! でも、葉人くんは高校生のときの私と会ったなんて話、まったくしなかったから、きっとまだ知らないんだろうと思って……」 「沙耶ちゃん……」 「私、あのとき聞こえてたよ。全部は聞こえなかったけど、後ろから叫ぶ葉人くんの声、聞こえてた。『待ってて』って私にそう言ってくれた。だから私、待ってたよ」  震える声で彼女は言う。  俺の胸と喉が熱くなる。  瞳から零れてくる涙が、俺の頬を伝って、玄関の床に落ちる。 「沙耶ちゃん、ありがとう。俺に言わないでくれて、ずっと黙ってくれて。それに……」  俺は目をこすり、はっきりと沙耶ちゃんの目を見つめて言った。 「俺とまた出会ってくれて、ありがとう」  沙耶ちゃんの目からぽろぽろと零れ落ちる涙を、俺は親指ですくう。ただ、自分も号泣しているのだから、全然かっこつけられてないだろうけど。 「俺、いつまでも沙耶ちゃんの隣にいるよ! 沙耶ちゃんがどんな未来を見ても、そこに俺がいるように! 沙耶ちゃんが安心していられるように! 絶対、俺がついてるから!」  うん、うん! と沙耶ちゃんは泣きながら頷いてくれた。  めちゃくちゃなことを言っている、と自分でも分かっていた。でも、口が勝手に動いていたんだ。  沙耶ちゃんは、自分で涙を拭いて、そして笑う。 「えへへ、めっちゃ泣いちゃった。でも、これでやっと言える。葉人くん、ありがとう」  俺は、強く彼女を抱きしめた。さっきよりも強く、あの通り雨の中よりも強く、今までのどんな瞬間より強く、彼女のことを俺は愛していた。 「ね、葉人くん。こっち来て」  四畳半の部屋に敷かれた布団の上に、彼女は俺を誘う。 「え、ちょっと……」 「葉人くん。さっきの続き」 「ええ⁉」  ちょ、ちょっと待って、俺、まだ心の準備が……。 「葉人くんと結ばれるの、私、ずっと……夢だったんだから!」  俺は今、二つの意味で、彼女の夢を現実のものにしようとしている。  俺と沙耶ちゃんの唇がそっと重なって、そのまま俺たちは……。  おっと、そろそろここまでにしておこうかな。  だってここから先の続きは、俺と沙耶ちゃん二人だけの、大事な「未来」なんだから。  (完)
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