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「葉人! ねえ、葉人!」 「ん……」  凛の声で、俺は目を覚ました。俺たちはまだ、車の中にいた。 しかし、そこから見える景色は、先ほどとはまったく別のものだった。  散乱していた機械類はどこにもなく、窓の外には、ただ星空と草むらだけが見えた。 「本当に空き地に移動してる……」 「ねえ、あのドクター、さっき何か言ってなかった?」 「『ドリーマー』? とかなんとか言ってたような……。意味はよく分かんないや」 「とりあえず、外に出てみましょ」  俺と凛はそれぞれドアを開き、外へ出る。心なしか、研究所に来る前よりも蒸し暑い気がする。  空き地を出て、道路を歩く。見慣れない通りだ。辺りには民家ばかりがあり、そこから漏れ出る明かりのみを頼りに、俺たちは進んでいく。 「ねえ、なんか……」と凛。 「なんとなく違和感があるな……」と彼女の思いを代弁するように俺が答える。  もしかして、本当に……?  そして、そこから数メートル歩いたところで、俺はゴミ捨て場を見つけた。どうやら俺や凛が住んでいる地区と同じように、夜にゴミを収集する地域らしい。  ゴミ箱の横に、ヒモで縛られた新聞が積まれていた。俺は慌ててそこに駆け寄り、結ばれたヒモをほどき、新聞を一部手に取る。  その日付を見て、俺は驚嘆する。 「2015年、7月22日……」  いや、これは偶然だ。たまたま四年前の新聞を今晩、捨てていただけだ……。 「ねえ、葉人。これ……」  振り返ると、道路の反対側に凛が立っていた。そしてその横には、選挙ポスターとその公示が書かれた看板があった。  凛が指さしたその看板には、「投票日:2015年8月5日」と記されていた。  とてもこれが、トリックのような類のものとは思えなかった。 「あっ、あそこ!」  凛がまた何かに気づいたようで、俺の背後の方を指さす。  振り向いてその方向を見ると、先ほどまで俺たちがいたアパート、つまりドクターの研究所だった。  本当にまったく知らない場所でなかったことに、ひとまず安堵する。 「どうやら、マジで来ちゃったみたいね、過去に」 「ああ……」 「ちょっと文句を言いに行きましょう」  凛が俺の手を引いて、アパートの方へ歩き出す。  しかし、よくよく考えると、そもそも俺が「沙耶ちゃんの処女を取り戻したい」と言ったからドクターは俺たちを四年前に送り込んでくれたわけだ。  先ほどは思わぬ出来事に焦ってしまったが、俺はむしろドクターに感謝しなければならないのではないか? まあ、凛からしたら、たまったものではないだろうが。  そんなことを考えていると、アパートの二階にたどり着いた。一番手前、研究所の入り口であるはずのドアをノックする。  すると、ドアが開いた。が、中から出てきたのは、ドクター永松ではなく、五十歳くらいの女性だった。 「はい。どちらさま?」  凛は戸惑いながらも尋ねる。 「あ、あの、ドクター永松という方はいらっしゃいますでしょうか……?」 「ん? ドクター中松? こんなとこにいる訳ないでしょ。ああ、あんたたちあれだ、宗教の人でしょ。間に合ってますんで。じゃ」  まくしたてるように女性は言って、ドアをバタン、と閉めた。 「どうやら、この時代にはまだ研究所をここに作ってはなかったみたいだな……」 「あの糞じじい、これが分かってて、安心して私たちを転送させやがったな……」 「凛、お前、ドクターに対して必要以上に口が悪くないか?」 「そう? ま、何か過去からの因縁があるのかもね」  俺たちはアパートの階段を降りる。相変わらずギシギシと音が鳴る。 「でも、せっかく来たんだから沙耶ちゃんに会いに行って、処女喪失を食い止めなきゃ!」 「それもいいけど、やっぱりそれなりの準備がいるわよ。私たち、今ほぼ手ぶらじゃない」 「じゃあ、このままおとなしく諦めろってことかよ」 「そうはいってないわ。これからさっきのタイムマシンで2019年まで戻って、それからまた来たらいいじゃない。同じタイミングにまた戻ってこられるんだから」 「ああ、それもそうだな」と俺は納得する。 「ま、もしまた2015年に来たいんだったら、あんた一人で来なさいよね」 「そうだな。悪かった、凛」 「ま、まあ。どうしてもって言うならまた付いてきてあげてもいいけど……」 「さ、急ぐぞ」 「うん。聞いてないのは分かってたわ」  俺たちは駆け足で、先ほどの空地へ戻る。草むらをかき分け、車のところへ辿り着く。  助手席に座った凛は、カーラジオを改造した装置を触る。 「確かこうだったわよね。2019年、6月9日、と」彼女が言ったとおりの数字が表示される。 「場所はこのままでいいわよね」座標は操作しないままで、タイムスリップする、ということだろう。 「ああ、そしてクラクションを押すとタイムスリップする」  凛が、お願いします、とでもいうように、手のひらをハンドルに向けるので、俺は唾を飲んで、クラクションを押した。 「プーーー‼」  空き地にクラクションの爆音が鳴り響く。  その音が止んでから、俺と凛はゆっくりと顔を見合わせる。 「も、もう一回やってみるぞ」 「お、お願い」  俺はもう一度クラクションを押す。 「プーーー‼」  また凛と顔を見合わせる。暗がりの中でも、凛の顔が先ほどよりも青ざめているのが分かった。おそらく俺の方もそうなのだろう。  見ると、先ほどまで表示されていた、日付を表すデジタル数字が消えていた。  何度ボタンを押しても、表示されることはない。 「「故障、しちゃった……?」」  やばい。卒倒しそう。
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