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 さらに最悪なことに、車には空調が付いていなかった。こんなところで寝たらマジでお陀仏だ。  免許を持たない俺たちは、車を押して、草むらの奥に隠した。  そして、あてもなく歩き出す。むしむしとした空気が、俺たちにまとわりつく。  俺と凛は夜道を歩きながら話し合う。 「なあ、俺たち、どうやって帰ればいいんだよ……」 「現状、あのタイムマシンを何とかして修理してもらうしかないだろうけど……」 「けど、唯一直せそうなドクターはこの2015年には、どこにいるのか分からねぇ」 「探し出さなきゃ。せめてこの町にいるといいんだけど……」 「探してる間に四年経っちゃったりして」  俺が言うと、凛がこちらを、きっと睨んだ。元はと言えば俺が凛を巻き込んだので、流石に申し訳ない気持ちになる。 「それよりも、いま大事なのは、これからどこに行くかよ」 「俺のアパートに泊まるか」 「いや、このときのあんた実家暮らしでしょうが。今あのアパートに行っても、知らない人が住んでるだけよ」  それもそうか。  駄目だ。頭が現状に順応できていない。  研究所があった(四年後にはある)アパートから来た道を戻って、元いたファミレス、があった場所にたどり着く。そこはただの駐車場だった。 「なあ、お前の実家はどうなんだよ」 「いいわけないでしょ。両親になんて説明したらいいか分からないし、それにこの時代の私自身もいるわけだから」 「京香さんに頼んだら、なんとかならないかな?」 「さすがのママでも、未来から娘とその幼馴染が来たなんて言って、信じてくれないわよ。それに、SF作品でもよくあるけど、下手に知り合いと関わると、とんでもないことになるわよ」 「とんでもないこと?」 「存在が消えちゃったりとか」 「ひえっ……」  沙耶ちゃんのことで必死になっていて忘れていたが、タイムスリップはそもそもとんでもなく危険な行為なのだ。  げに恐るべし、俺の沙耶ちゃんへの愛。 「あ、そういえば」と俺は思い出す。 「凛の実家の離れはどうだ? あそこ、確かエアコンもついてたよな?」  凛は現在でも実家で暮らしており、その大きな家の向かいには使われていない離れがある。  最後にそこを訪れたのは小学生高学年の頃だったから、十年ほど前(この時代から言うと六年前)だが、はっきりと覚えている。あそこなら内緒で入り込み、とりあえず宿泊することも可能なはずだ。 「あー、あそこ……。気が進まないし、あまりお勧めしないわ」 「なんで?」 「高校生の頃かな? 寝てる私の部屋に、奇妙な声が聞こえてきたの。嗚咽のような、叫び声のような」  俺は思わず唾を飲む、 「で、窓を開けてみたら、明らかに、誰もいるはずのない向かいの離れから聞こえてるの。私もう怖くて、それ以来あそこには行ってない」 「俺も怖いから、やっぱりやめておく……」 「今思い出しても最悪だわ。その翌日には好きなバンドのライブがあったのに、私ろくに寝れないまま学校行って、帰りにフラフラの状態でライブに行ったんだから」 「そいつは災難だったな……」 「はあ、ネットカフェにでも行くしかないか……」  凛が言った途端、俺の背筋に嫌な汗がぶわっと出てくる。 「ねえ、ちょっと待って、いま……お金持ってる?」 「いや、ファミレスで払ってから、ほとんど尽きちゃった……」 「俺も、ほぼ一文無し……」 「四年前はまだ口座が無いから、ATMも使えない……」 「……」 「……」  沙耶ちゃんが処女でないと分かり、何を間違ったか、過去の世界に勢いで来てしまい、挙句の果てにはそこに無一文で取り残される。  間違いなく結論付けることができる。今日は、人生で最悪の一日だ。
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