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⑧
沙耶ちゃんの夢を見た。
いや、夢というよりもむしろ、これはむしろ回想と言った方が近いのかもしれない。
「葉人くん」
俺たちは、俺の住むアパートの室内、そのベッドの中にいた。
これは、沙耶ちゃんが初めて俺の部屋に泊まりに来てくれた時だ。確か、俺はビビッて、なかなかキスができずにいたんだっけ。
布団の中、沙耶ちゃんが俺に抱きついてきて言う。
「あのね、葉人くん。私、怖いの」
沙耶ちゃんは顔を俺の胸にうずめていて、その表情は見えなかった。
だけど彼女には、しっかりと、俺の激しい鼓動が聞こえているのだろう、と思った。
「怖いって、どうして?」
「うん。うまく言えないけど……、未来とか将来が、怖いっていうか……」
そのとき俺は、意外に思ったんだ。いつも笑顔の沙耶ちゃんに、そんな悩みがあったなんて。
動揺した俺は、当たり障りのない事しか言うことができなかった。
「俺だって、未来のことは不安だよ。何が起こるのか分からないのは、怖いよね」
沙耶ちゃんが顔を少し動かす。
上目遣いの彼女の眼差しが俺の視線と重なって、心臓の鼓動が最高潮に速くなる。
「私は、未来が分からないから怖いんじゃなくて。むしろ……」
「?」
「……ううん。なんでもないの。ごめんね」
「いや、こっちこそ……、なんかごめん」
「へへ。葉人くんに抱きしめられるのが気持ちよくて、つい甘えちゃった」
その声も、髪の匂いも、体温も、全てが愛しくて、さっきまでよりも強く彼女のことを抱きしめる。彼女が体を動かし、顔を俺の目の前に近づける。
そして俺は、人生で初めてのキスをした。もっとも、沙耶ちゃんはそうではなかったのだろうが。
あのとき、沙耶ちゃんが本当は何を言おうとしたのか、俺はまだ知らない。
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