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「葉人、起きて! ねえ」  体を強く揺さぶられ、俺は目を覚ます。まだ辺りは闇に包まれている。零れていた涙を拭いながら、凛に呼びかける。 「どうした?」 「あ、あれ……」  凛は川が流れている方を指さす。その方向、俺たちの目の前に、茶色の塊が存在した。よく目をこする。  そこにいたのは、大きな野犬だった。 「やばっ! てか、でかっ!」  俺が思わず大声を出すと、野犬がこちらに向かって襲い掛かってきた。 「「うおわー‼」」  俺たちの悲鳴がシンクロし、橋の下に響き渡る。暗闇の中でもはっきり見えた野犬の牙が、俺たちを震え上がらせた。  凛の手を握り、疾走する。  斜面を駆け上がり、河川敷から脱出する。しかし駆けながら振り返ると、野犬も負けじとそれについてきている。  自然と俺と凛の手が離れる。これは腕を一生懸命に振って走らなければ危険だ、と互いに判断したためだろうと思われた。 「助けて! もうやだ!」 「黙って走りなさいよ!」  俺たちは暗闇の中を走り続けた。  肺が苦しくて、心臓が痛くなる。  ちらりと隣の凛を見る。運動が得意な凛でも、流石にきつそうだ。 「はぁ、はぁ……」  ゆっくりと走る速度を緩める。  二人で同時に後ろを振り向く。そこに野犬の姿はもうなかった。    荒い呼吸を繰り返しながら、歩く。  辺りを見ると、ほとんど住宅地に入り込んでしまっていた。しかもここは、凛の実家の近くだったはずだ。  ブロック塀に背を預けて、俺たちはその場にへたりこんだ。  アスファルトの凸凹が尻に刺さって痛かったが、そんなことを気にしてはいられなかった。 「はぁ……、多分、河川敷にホームレスがいなかったのは、さっきの野犬のせいね」  息を整えながら、凛が言った。 「なあ、今からどうする?」凛に呼びかける。 「まさか、あの河川敷に戻りたくはないわよね……」  絶望的状況の俺たちは、ついに拠点まで失った。デビューしたかと思ったが、俺たちは結局、ホームレスにすらなれなかった。 「「はぁ……」」  俺たちは同時にため息をつく。お金と人脈が無ければ、人はこんなにも無力なのか、と思い知った。 「「どうしよう……」」  二人で同時に嘆いた、そのときだった。  ペタペタ、という足音がした。  俺と凛は、そちらの方を向く。暗闇の中、人影がこちらに近づいてくるのが見えた。  逃げなければ、と思うが、疲労と恐怖のせいか、立ち上がることができない。  足音と影はだんだんと近づいてくる。  俺と凛は、何も言わずに身を寄せ合う。どうかヤバい人じゃありませんように! と俺は願う。    いや、こんな夜中に出歩いている人がヤバくないわけがない!  ちらりと凛の方を見る。彼女は目をつぶっていた。きっと俺と同じように怖がっているに違いない。    こいつも女の子なんだよな、と思い出し、俺はその肩を抱き寄せる。  せめて見つかりませんように! と俺も目をつむる。  しかし、俺たちのそんな願いも虚しく、足音はだんだんとこちらに近づいてくる。薄目を開けると、やはり黒い影もこちらに近づいてきていた。  そして、最悪の事態を覚悟し、二人で身を震わせていたところで、人影が立っている方から声が聞こえてきた。 「待ってたわよ、あなたたち」 「「え?」」  街灯に照らされて、その人物の顔が見える。  それは、凛の母親である京香さんの顔に間違いなかった。
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