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①
「しょ、しょしょ、しょ、しょ、しょ……」
「しょ?」
「処女じゃないの⁉」
と俺は思わず大声を出した。
「え、いや、その……」
「い、いつ? いつ体験したの⁉」
「じゅ、十七歳だけど……」
「嘘だろ!?」
母親がいつかの誕生日にくれた、古びたトランクスだけを身にまとった俺は、沙耶ちゃんに向かってそう叫ぶ。
やばい。卒倒しそう。
壁にかかった時計は、夕方六時を示していた。西日が差し込む四畳半に、俺の問いは虚しく響く。布団で体を隠す沙耶ちゃんはおろおろとした様子で、
「よ、葉人(ようと)くん? ごめん、違うの。あのね、私……」
と言うが、俺は彼女の言い訳を聞いていられるような精神状態ではなかった。
「もういい! 俺はもう……何も聞きたくない!」
俺は、あふれ出る涙を拭うこともせず、古い木製のドアを開け、廊下とも呼べないほどに短い廊下を通り、玄関のドアノブに手をかける。
その瞬間、俺は自分がパンツ一丁の状態であることに気づいた。
二十一歳、大学生の男の子、半裸。
そそくさと部屋に戻っていく。
「?」
きょとんとした顔の沙耶ちゃんを見ると、さらに涙があふれてくる。彼女の肌が視界の中で滲む。
「ふん、だ!」
俺は、絵本の世界でしか聞いたことのないような捨て台詞を涙ながらに吐いて、それからそばに脱ぎ捨てられていたズボンを穿いた。
青いTシャツを乱暴に着る。なかなか頭と手を通せなくて、一人もがく。
「だ、大丈夫?」
青い世界の中に、彼女の声が聞こえてくる。ちくしょう! 何てかわいい声なんだ。それなのに……。それなのに!
「くそ!」
やっとTシャツから顔を出した俺はそう叫んだ。声が裏返ったことを恥ずかしがる余裕もなかった。
涙を拭う。しかし、童顔でボブカット、目はパッチリ二重で、プルンとした唇の、俺の好みどストライクの沙耶ちゃんの姿を見ると、また涙が勝手にこぼれてきた。
俺はそばにあったリュックを手に取った後で、振り返って歩き出す。
「ね、ねえ待って!」
そんな沙耶ちゃんの声を置き去りに、俺は今度こそ部屋の外へ飛び出した。
アパートの二階から下へ降りる階段の途中で、男の人と肩がぶつかった。顔はよく見えなかったが、その人の服はなぜかびしょ濡れだった。雨なんか降っていないのに。
「ごめんなさい」という余裕もなく、俺は軽い会釈だけをしてその場を去る。
ひたすら走る。泣きながら。吐き気を我慢しながら。
「なんでだよー!」
情けない声が、夕暮れに吸い込まれていく。
あふれてくる涙が頬を伝う感触が、たまらなく悲しかった。
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