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③
男はそのまま話を続ける。
「私の名前はドクター永松」
「めちゃくちゃどっかで聞いたことあるような名前なんだけど」と凛。
「自分で『ドクター』を名乗るような人種はもれなく胡散臭い」と俺。
「君たち、初対面でずいぶんと辛辣だな……」
ドクター永松(自称)は少し落ち込んだような表情を見せるが、俺たちからすれば知ったことではない。むしろ、初対面なのに馴れ馴れしく話しかけてきたこのドクターの方こそクレイジーだ。
「私たちに何か用ですか?」
凛が眉をひそめながらドクターに尋ねる。
「ひえっ! なんかお嬢さん、怖い声してるね……?」ドクターが震えながら言う。
「なにこのおっさんめちゃくちゃ失礼じゃない! ていうか、何の用なのよ!」
「いやー、実はさっきまでの君たちの会話が、私のお耳まで届いちゃっててね」
気持ちの悪い表現をしながら、ドクターが体を動かし、何をするかと思えば、俺の隣へ座ろうとしてきた。
知らないおじさんを隣に座らせる趣味はなかったが、俺は思わず奥の方へと詰めてしまっていた。
着席したドクターは、俺に顔を近づけて言う。
「君の彼女が処女じゃなかったって話だったよね?」
「おっふ」
俺は今まで知らなかった。見ず知らずのおじさんに、最悪の事実を改めて宣告されるダメージが、これほどまでに大きい、ということを。
「まあまあ、その点は私も理解があるんだ。男はいつまでも、女体の純潔さを求めるものさ。特に素晴らしいのはやはり女子高生で……」
「早い話が、あなたもキモい処女厨ってことね」
凛は昔から、歯に衣を着せることを知らなかった。そんな物言いに動揺したのか、ドクターはテーブルに置かれていた俺のドリンクを危うくこぼしかけた。
他人の会話には、ずけずけと入り込んでくるくせに、このドクターは一丁前に豆腐メンタルらしい。
ドクターは平静を取り戻そうとするかのように咳払いをして、俺に向かって言う。
「私の性癖はともかくとして。実はだね、そんな純潔を求める君を、私は助けてあげることができるかもしれないのだよ」
「俺を、助ける?」
「私の職業は見ての通り科学者でね、日夜、研究に励んでいるのだが。このたび遂に完成させたのだよ」
「何を?」
「タイムマシンをさ!」
ドクター永松の声は、ファミレスのフロアに響き渡り、俺は恥ずかしくなる。凛は苦々しい表情をしている。
「……た、タイムマシン?」
聞き間違いではないのか、と俺はドクターに確認してみる。
「そう、タイムマシンだ!」
先ほどよりは少し抑えたボリュームで、彼は言う。
「タイムマシンがあれば、君は過去に戻ることができる! 君の愛しいガールフレンドが処女を喪失してしまう前に、それを食い止めればいいのだ!」
それを聞いた途端、何故かは分からないが、俺の体に電流のような衝撃が走った。非現実だと分かっていた。だけど、「それだ! それしかない!」と思っている頭のおかしな自分が存在しているのもまた事実であった。
「君はさっき彼女の処女を取り戻すためなら『何だってする』と言ったよね?」
「確かに……、言いました」
「ならば話は早い。さあ、わしの研究所に来ておくれ。そして君は、人類史上初の時空旅行者になるんだ!」
沙耶ちゃんのことを、また思い出す。あの華奢な体を初めて抱くのが、俺だったら……。いや、俺でなければならないんだ。沙耶ちゃんの髪、沙耶ちゃんの唇、沙耶ちゃんの胸、沙耶ちゃんの……。
すると、今まで沈黙を貫いていた凛が、ドクター永松さんに向かって口を開いた。
「あのね、おじさん。SF趣味があるのは悪いことじゃないけど、あなたの妄想にこいつを付き合わさせるのはやめてくれない? 一応これでもこいつ、真剣に悩んでるみたいだしさ。第一、今日会ったばかりの見るからに怪しいおじさんにほいほいと付いていって、その研究所なんかに行くわけがないでしょ?」
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