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 三十分後。俺と凛は、今日会ったばかりの見るからに怪しいおじさんにほいほいと付いていき、彼の研究所に到着した。 「なんで私まで……」凛が悪態をつく。  彼女に悪いとは思うが、やはり俺は、わずかな可能性にでも賭けたかったのだ。俺はどうしても、処女である沙耶ちゃんを抱きたいんだ。  研究所は、俺が予想していた研究所とは、かけ離れたものだった。「ここが私の住まい兼、研究所さ」と紹介されたそれは、最早ただのボロアパートだった。街灯もほとんどない裏路地にぽつんと建っている。  貧乏大学生の俺ですら引いてしまうような老朽っぷりだ。 「一階は大家さんと私が住んでいて、二階はすべての部屋の壁をぶち抜いて研究所にしてあるんだ。もちろん、大家さんの許可は取ってあるぞ」  とドクター永松は得意げに説明する。 「分かった。こいつと大家は変態仲間なんだな」  凛が歩きながら、俺の耳元でそう呟いた。  塗装がボロボロに剥げた木製の階段を上る。ギシギシと音が鳴るたびに、俺の中に、不安な気持ちが増していく。  本当にタイムマシンなんか存在するのか? そんなわけないよな……。世の中、そう上手く事が運ぶわけない。仮に存在したとしても、沙耶ちゃんの処女喪失を食い止められる保証なんてどこにも……。  賢者タイムにも似た、「俺、何やってるんだろう……」という気持ちが俺の中に湧いて出てきた。  やはり凛の言うことを聞いておとなしく家に戻るべきだったかもしれない。振り向くと、凛がジト目でこちらを睨んでいた。 「さ、こちらから入って」  ドクターが一番手前のドアを開ける。むわっとした熱気がドアの隙間から漏れ出てくる。本当にこんなところに入るの? といった顔を凛がこちらに向ける。だが、今更引き返すのは流石に何か気が引けた。  中へ入る。床はすべてコンクリートで舗装されていたので、土足のまま上がり込んだ。  橙色の薄明かりが、それなりに広い空間を照らしている。オレンジの煙が足元を漂って、空間内には、何やら分からない機械が散乱している。  足場を探しながらしばらく歩いた後で、ドクター永松がドアノブに手をかけ、そのドアを思いきり開きながらこう言った。 「これだ! これが私の世紀の大発明、タイムマシンだ!」  そしてそれは俺たちの目の前に現れた。  銀色に輝く流線型のボディ、年季の入ったライト、屈強そうなタイヤ、そして見慣れない左ハンドル。 「いや、ただの外車じゃない」と凛がぼやく。 「これだから素人は」とドクターは鼻で笑う。 「車をタイムマシンに改造した、ってこと?」 「どうせ作るなら格好いい方がいいだろうが」 「そういうものかしら?」 「数年前にこれと同じ車種についたカーラジオをむりやり修理させられたことがあってな。いや、あまりあのときのことは思い出したくないんだが……。とにかく、このタイムマシンはその車に着想を得ている」  凛は躊躇なく車に近づき、助手席側のドアを開ける。そしてサッと車に乗り込んだ。なかなか様になるな、と思う。 「さ、タイムスリップさせれるもんならさせてみなさいよ」  凛の口調はもはや、ほぼ喧嘩を売るときのそれである。 「させられるに決まっているだろうが。ほら、君も乗った」  ドクターに促されるまま、俺は車の反対側まで回り、運転席に腰かける。そして一応シートベルトを締めておく。 「さあ、君はいったい、何年前の何月何日に行きたいのかね?」    沙耶ちゃんの告白を思い出す。    胸に痛みが突き刺さりながらも、俺は答える。 「沙耶ちゃんの十七歳の誕生日は、四年前の7月23日だから……。その日でお願いします」 「葉人、あんた……。可哀想な男ね」  すまねえ、凛。こんな情けない幼馴染の姿を見せてしまって。  だが今の俺は、藁にも、そして知らないおじさんにも縋ってしまうくらい追い詰められてるんだ。 「四年前というと2015年だな。そして7月23日、と」  カーラジオを改造したと思える装置に、デジタル数字が表示される。西暦、月、日、時刻の順に並んでいるようだ。ドクターが開いた窓から腕を入れてそれを操作し、俺が言った日付に合わせた。 「到着する場所はこの近辺の空き地に設定してある。さあ、史上初の時空旅行者となる気分はどうだい?」 「あの、ちなみに、なんでドクター自身が初の時空旅行者にならないんですか?」俺が尋ねる。 「まあ、だって……。失敗したら怖いじゃん?」 「てめぇっ!」  凛が、幼馴染の俺でも今まで聞いたことのないような乱暴な声を出し、車のドアを開こうとする。  しかし、ドクターの動きの方が素早かった。彼は先ほど同様に、開いていた車の窓から腕を中へ入れ、クラクションを押した。  しかし、音は何も鳴らない。  視界が、ぐにゃりと曲がる。頭をふわふわとした感覚が襲い、意識がだんだんと遠のいていく。 「良い旅を。『ドリーマー』に気をつけて」  というドクターの声が聞こえた気がした次の瞬間には、俺の意識は途切れていた。
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