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魔法陣の光は、男が腕を払うと一瞬で消えた。 「あの、帰ってもいいん……。」 言いかけた言葉は最後まで紡げなかった。 ものすごい顔で睨まれて口の中で言葉がほどけてしまった。 上着の裾を握りしめていると、ふわりと体が持ち上がった。 実際には魔力でもちあげているだろうが、まるで抱き上げられているような格好になり面食らう。 「帰ろうか。」 家の場所を伝えてなどいないのにも関わらず、真っ直ぐ自宅の方角に向かう。 * * * 程なくしてついたのは一軒のアパルトメントだった。 それはアカデミーに通うために父親が準備してくれた場所で一人で暮らしている。 本当に、おれの使い魔になるつもりかは怖くて聞けなかった。 身じろぎすると降ろしてくれたので、仕方が無くドアの鍵を開けた。 中に入った男は部屋を見渡して、溜息をついた。 当たり前だろう。魔族といえど人型は文化的水準は人と変わらないと聞く。 ここじゃ駄目だと他の人間の元に行くか、帰って欲しかった。 きっとこれだけ美しい男の事だ。彼を使い魔にという人間はそれこそ掃いて捨てるほどいるだろう。 「何故何も置いていない。」 聞かれても答えようがない。 「おれ、三男坊なんですよ。」 下級貴族の三男がたまたま魔力適正があった。それだけだ。 親は見栄のためにアカデミーに放り込んだがそれだけだ。 彼らに必要だったのは、息子がアカデミーに通っている。 その事実だけでそこでおれがどんな暮らしをしているかに爪先ほどの興味もきっと持っていないだろう。 溺愛する兄のことで今も多分頭がいっぱいだ。 その魔力適正にしたって下限ギリギリでとてもじゃないが魔法使いとして生きて行くのは不可能なのだ。 「おれと居たっていいこと無いですよ。」 多分おれの魔力では彼に対する魔力供給も追いつかない。 だから、男がここにいる意味が無いのだ。 「“いいこと”があるかは俺が決める。」 そう言って男は両手で、俺の顔を固定した。 「マスターの目が気に入ったんだ。」 暇つぶしに召喚に応じてみれば、貧相な人間が目の前にいて、殺してやろうかと思ったんだがと男は笑った。 その視線は蜜のように甘く、まるで睦言みたいだった。 「その瞳を見ていられるのなら、人間に仕えるのも悪くないなと思ったんだ。」 男はそういうと、おれのまぶたを舐めた。 そんなことをされるのは生まれて初めてだったけれど、舌は生暖かくて漠然とそんなところは人間と同じなのだなと思った。 至近距離で見た男の瞳は、中で炎が燃えているようにゆらゆらと揺らめいていて、俺なんかの瞳よりよほど美しく思えた。 了
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