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もはやあれは事故だったとしか言いようが無い。 魔術が高貴なるものの嗜みの意味合いがつよくなってからすでに50年ほどたっているらしい。 といっても、おれはそんな昔のことはよくしらないし、貴族とは名ばかりの下級貴族だというのに両親が見栄を張っていれられた魔法アカデミーはいいところのお坊ちゃんばかりで底辺まっしぐらのおれはただひたすら縮こまって暮らしている。 召喚術と銘打っている、今日の授業だってそうだ。 召喚魔といっても、今では単なるお飾りで、ペットの様にかわいがるか、見目美しい人型はまるで召使のように付き従わせるか、ただそれだけだ。 もっとも、おれの魔力は大して強くは無いから基本はスライムみたいな不定形生物で運がよければ植物的な何かが召喚できるかもしれない。 ずっと、ずっとひとりだったので自分の生活に小さな命が入り込む事にドキドキとしていた。 その程度のごくごくありふれた、普通の授業のはずだったのだ。 教師に言われたとおり魔法陣描いて、そこに魔力を込める。 それからあちらとこちらを橋渡しをするための呪文を唱えた。 魔法陣は淡く光ってゆらゆらと蜃気楼のように像を結び始める。 術が形になったことに安堵すると、ぼんやりとしていた光が急に青白く輝き始めた。 魔法陣にえがかれた古代文字をくっきりとなぞるようにその光は、強く強くなっていく。 教師がなにか叫んでいるのが聞こえるが、もはや何を言っているのか聞き取れるだけの余裕はなかった。 体の中にあった魔力が光に向かって無理やり引き剥がされている感触がする。 拒んでみてもそれはとめられず、どんどん根こそぎ奪われる感じがした。 ゆびさきが痺れて冷たい。 何とか、魔法陣の暴走を抑えようと手をかざすが光はますます強くなるばかりだ。 魔法陣の中心に像が結ばれていく。 何を呼んでしまったのか、それとも呼べなかったのでこうなってしまったのか、そのとき考える余裕などまるで無かった。 魔法陣の中央に現れたのは真っ白い、まるで雪を纏ったような男だった。 赤い瞳に、白い髪の毛はそれほど長くないのにとても印象がつよく、肌も抜けるように白い。 顔は恐ろしく整っていて、見た目はほとんど人間と変わらない。 ただ、右腕が肩から指先にかけてまるで墨を塗りつけたように真っ黒で、そこに金色の刺青のようなものが施されていた。 それに、魔力量が明らかに人のそれとは違うのだ。 おれは、なんていうものを呼び出してしまったのだろう。 きっと、これからおれはこのひとに殺されるのだろう。 それは、嫌で嫌でたまらないのに、立ったまま腰が抜けてしまったようになって動けない。 「なんとも貧相な魔術師だな。」 言われたのはそんな言葉で、ああやはりこれでお終いなのだと悟る。 なんでこんな事になってしまったんだろう。 魔力の少ない自分に人型が呼べるはずが無いのだ。 しかも、その魔力はとうに底をついていて、帰還魔法を発動する事もできない。 蛇ににらまれた蛙とはこの状況のことだろう。 歯がガチガチとなっている。 近くにいたはずの教師や級友がどうなったのかは分からない。 確認する余裕すらなかった。 恐怖から、涙がじわりとあふれた。 それを見て、赤い目が見開かれた。 それから、一歩、二歩、と近づいてくる男は、とても美しく、自分を殺そうとする相手でもそう思うんだなと他人事の様に考えた。 墨色の手を伸ばされて、体をかたくする。 思ったような衝撃は来なかった。 ただ、頬を撫でられ、それから瞼を撫でられただけだった。 それから、指についたおれの涙を男は舐めた。 全ての動きからめが離せない。 まるで呪いのようだと思った。 「名前は?」 それを言ったら縛られる。 魔術師としての常識だ。 どちらにしろ生殺与奪を握っているのは自分ではなく、目の前の男だ。 けれどどうしてもそれは口をついては出ず、ただ、涙をぼろぼろとこぼしながら首を左右に振った。 「まあいい、マスター、それでは末永くよろしく頼む。」 さきほど、貧相だといった時とは違う表情で、男は言った。
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